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君と熟れた夏  作者: 小坂あと
前編

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第15話「私を、汚して」









 私もお風呂に入って、汚れた体を流したら、足に傷が出来ていたのか血が流れ出ていた。


 痛みは無くて、やらかしたな〜くらいで、上がってから傷口を探して絆創膏を貼り付けた。たいした怪我じゃなかったから、騒ぐこともない。


 田舎で暮らしていると、こんな怪我しょっちゅうだ。草むらを走り回っただけで、草さえも凶器となって皮膚を切り裂いてくる。ガラスや尖った小石を踏んで血を出すなんて日常茶飯事。


 だから、人よりは痛みに鈍感で。


「あ……てか。ごめん。風邪引いてんのに」

「っふふ。へいき」


 他人の痛みにも、鈍感で。


 労る気持ちで布団の大半を譲り、自分は隅っこで横になる。


「もっと、くっつこうよ」

「ぃ、いや〜……」


 油断したら、キスしちゃいそうで。


 って言った暁には嫌われそうだから、本当の理由は黙って濁す。


 不満げに瞼を半分だけ閉じた詩乃ちゃんは、「そっちが来ないなら」と人の気も知らないで入り込んできた。


 追い出すわけにもいかず、追い出したいわけでもなく。抱きつかれたら仕方ない、と腕枕をして包み込む。


「すき。夕夏ちゃん…」

「ぉ、う、うん。私も、す……」


 改めてとなると、喉が絞まる。ただでさえ気恥ずかしくて伝えられないというのに、密着したこんな状態で言えるか。


「……すきって、言ってくれないね」


 情けない私に失望したのか、暗い声が鼓膜を揺らした。


「私のこと、すきじゃない……?」

「っんな、わけ。す、す……に、決まってんじゃんか!」

「でも、一回も言われてない」

「そ、それ、は」

「私は、こんなに好きなのに」


 どんなに?


 と、聞こうとした唇は、そっと塞がれる。……揃えた指の先で。


 キスされるのかと警戒も期待もしてた心は打ち砕かれ、意地のようなものが散らばりそうになったものの、なんとか詩乃ちゃんへの愛情で紡ぎ直した。


「夕夏ちゃん……」


 指で阻まれた私の唇を奪おうと動く彼女は、妖艶に首を伸ばし、ちゅっと水音が小さく響く。


「……ごめんなさい」


 やりすぎた、と今の一瞬で反省したんだろう。すっと離れそうになった体を繋ぎ止めるため、腰に手を回して抱き寄せた。


 大事なのは、心の繋がりだ。だから、体の繋がりはいらないはずなのに。


 この我慢はいつまで、続くんだろう?って。


 落胆にも似たしんどさが、吐息となって溢れた。それはきっと、相手も。


「キスくらいなら……いいんじゃない、かな」


 落とされた囁きの威力は強く、ぶわりと興奮が末端にまで影響を及ぼす。血液は、沸騰するように滾っていた。


「だめ……?」

「あ、えっ……と。いや、でも」

「どうして、だめなの?」

「どうして……って」


 そんな、の。


 一個、しかない。


「……汚したくない」


 綺麗なものは、綺麗なままで。


 仲良くしていた幼馴染の女の子――幸せになってほしかったのに、軽薄な恋に落ち、子供を身篭り、男に捨てられた親友が脳裏に過ぎる。


 快楽に堕ちるということは、純愛を否定することになる。


 幸せな恋愛の、足枷になる。


「私、ね」


 気が付けば押し倒され、私の上に乗っていた詩乃ちゃんは、伸びたダル着の襟元に指を引っかけた。


「夕夏ちゃんが、思ってるより……綺麗じゃ、ないよ」


 はだけた布の向こう、無防備な肌が晒されていた。


 逸らしたいのに釘付けになる視線が、私の中の矛盾を明かしているようなものだった。触ってみたいと、本当は誰よりも渇望してるくせに。


「だから…」


 純情ぶりたい、だけ。


「汚して」


 塗り替えようと必死な詩乃ちゃんの願望を叶えるため、もうほとんど思考が入る隙もない、純度の高い本能のみで体を動かしていた。


 首の後ろを掴み持って、雑に寄せる。


 けど、貞操ごと奪い去る前に、踏み止まった。


「……風邪、治ってからね」


 万全じゃない状態で無理をさせて、何かあったら困る。それこそ、死んじゃうようなことがあったら。


 薫子さんが心配性になるのも、実はちょっと共感できるんだ。


 だって、こんなにも可愛くて、愛しくて、天使みたいな存在には痛い思いをしてほしくない。一生、ぬるま湯に浸かって生きていてほしいと、エゴだとしても――押し付けだとしても願ってしまう。

 

「治ったら、してくれるの……?」

「う、うん」

「じゃあ、がんばってなおす」


 やる気を出した詩乃ちゃんは弱く拳を作っていて、意外とそういうことに前向きというか、乗り気なんだと驚いた。


 思えば、最初から。


 キスしようとして、自然と瞼が下がっちゃうくらいには抵抗なさそうだったもんね。


 






 


 

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