第15話「私を、汚して」
私もお風呂に入って、汚れた体を流したら、足に傷が出来ていたのか血が流れ出ていた。
痛みは無くて、やらかしたな〜くらいで、上がってから傷口を探して絆創膏を貼り付けた。たいした怪我じゃなかったから、騒ぐこともない。
田舎で暮らしていると、こんな怪我しょっちゅうだ。草むらを走り回っただけで、草さえも凶器となって皮膚を切り裂いてくる。ガラスや尖った小石を踏んで血を出すなんて日常茶飯事。
だから、人よりは痛みに鈍感で。
「あ……てか。ごめん。風邪引いてんのに」
「っふふ。へいき」
他人の痛みにも、鈍感で。
労る気持ちで布団の大半を譲り、自分は隅っこで横になる。
「もっと、くっつこうよ」
「ぃ、いや〜……」
油断したら、キスしちゃいそうで。
って言った暁には嫌われそうだから、本当の理由は黙って濁す。
不満げに瞼を半分だけ閉じた詩乃ちゃんは、「そっちが来ないなら」と人の気も知らないで入り込んできた。
追い出すわけにもいかず、追い出したいわけでもなく。抱きつかれたら仕方ない、と腕枕をして包み込む。
「すき。夕夏ちゃん…」
「ぉ、う、うん。私も、す……」
改めてとなると、喉が絞まる。ただでさえ気恥ずかしくて伝えられないというのに、密着したこんな状態で言えるか。
「……すきって、言ってくれないね」
情けない私に失望したのか、暗い声が鼓膜を揺らした。
「私のこと、すきじゃない……?」
「っんな、わけ。す、す……に、決まってんじゃんか!」
「でも、一回も言われてない」
「そ、それ、は」
「私は、こんなに好きなのに」
どんなに?
と、聞こうとした唇は、そっと塞がれる。……揃えた指の先で。
キスされるのかと警戒も期待もしてた心は打ち砕かれ、意地のようなものが散らばりそうになったものの、なんとか詩乃ちゃんへの愛情で紡ぎ直した。
「夕夏ちゃん……」
指で阻まれた私の唇を奪おうと動く彼女は、妖艶に首を伸ばし、ちゅっと水音が小さく響く。
「……ごめんなさい」
やりすぎた、と今の一瞬で反省したんだろう。すっと離れそうになった体を繋ぎ止めるため、腰に手を回して抱き寄せた。
大事なのは、心の繋がりだ。だから、体の繋がりはいらないはずなのに。
この我慢はいつまで、続くんだろう?って。
落胆にも似たしんどさが、吐息となって溢れた。それはきっと、相手も。
「キスくらいなら……いいんじゃない、かな」
落とされた囁きの威力は強く、ぶわりと興奮が末端にまで影響を及ぼす。血液は、沸騰するように滾っていた。
「だめ……?」
「あ、えっ……と。いや、でも」
「どうして、だめなの?」
「どうして……って」
そんな、の。
一個、しかない。
「……汚したくない」
綺麗なものは、綺麗なままで。
仲良くしていた幼馴染の女の子――幸せになってほしかったのに、軽薄な恋に落ち、子供を身篭り、男に捨てられた親友が脳裏に過ぎる。
快楽に堕ちるということは、純愛を否定することになる。
幸せな恋愛の、足枷になる。
「私、ね」
気が付けば押し倒され、私の上に乗っていた詩乃ちゃんは、伸びたダル着の襟元に指を引っかけた。
「夕夏ちゃんが、思ってるより……綺麗じゃ、ないよ」
はだけた布の向こう、無防備な肌が晒されていた。
逸らしたいのに釘付けになる視線が、私の中の矛盾を明かしているようなものだった。触ってみたいと、本当は誰よりも渇望してるくせに。
「だから…」
純情ぶりたい、だけ。
「汚して」
塗り替えようと必死な詩乃ちゃんの願望を叶えるため、もうほとんど思考が入る隙もない、純度の高い本能のみで体を動かしていた。
首の後ろを掴み持って、雑に寄せる。
けど、貞操ごと奪い去る前に、踏み止まった。
「……風邪、治ってからね」
万全じゃない状態で無理をさせて、何かあったら困る。それこそ、死んじゃうようなことがあったら。
薫子さんが心配性になるのも、実はちょっと共感できるんだ。
だって、こんなにも可愛くて、愛しくて、天使みたいな存在には痛い思いをしてほしくない。一生、ぬるま湯に浸かって生きていてほしいと、エゴだとしても――押し付けだとしても願ってしまう。
「治ったら、してくれるの……?」
「う、うん」
「じゃあ、がんばってなおす」
やる気を出した詩乃ちゃんは弱く拳を作っていて、意外とそういうことに前向きというか、乗り気なんだと驚いた。
思えば、最初から。
キスしようとして、自然と瞼が下がっちゃうくらいには抵抗なさそうだったもんね。




