第14話「好きになさい」
詩乃ちゃんを連れて家に帰ったら、
「なーにやってんの!ばか!こんの、不良娘!」
「あで……っ」
めっちゃ怒られた。
ゲンコツ一発で済んだのが奇跡なくらい母は激怒していて……というよりは、焦っていた。
詩乃ちゃんはとりあえず、靴も履かせないで来ちゃったから足を洗うついでにシャワーを浴びてもらって、短い反省会が終わった頃。
「警察に訴えます」
詩乃ちゃんの母親――薫子さんが、父親を引き連れて戸を叩いた。
リビングに案内し、お茶を出されて間もなく強い言葉を強い意思で吐いた薫子さんに、母親は顔を引きつらせて笑った。
「い、いや〜、でも。子供のやったことじゃ…」
「誘拐は誘拐です。だいたい、お宅はどういった教育を…」
説教じみた長話は続き、その間に風呂を終えてしまった詩乃ちゃんが危うく鉢合わせるところだったんだけど、有能な弟が私の部屋へさり気なく誘導してくれたようだ。
しれっと戻ってきて、小さく親指を立てて見せてきたから、私もグッジョブと親指で返事をした。
薫子さんがブチキレているのを、旦那である詩乃ちゃんの父親は額に汗を浮かべ、「まあまあ」と場を落ち着けようと試みていた。無駄に終わってたけど。
「あなたのところの娘は、いったい何度、うちの子に迷惑をかければ気が済むんですか」
「そ、それは〜……うん。ごめんなさい。うちのバカが」
どうやら話を聞く感じ、うちと詩乃ちゃん家には因縁があるらしく、母親は頭が上がらないようだった。…面倒事を避けたいだけにも感じるけど、気のせい。
あからさまに厄介そうな薫子さんの憤りは山の噴火並みに収まらず、そこから1時間。
「何度も言ってますけど、子供達が決めることですから。ね?子供の自由にさせてあげるのも…」
「それで詩乃が病気になったら、あなた方は責任を取ってくれるんですか?」
「責任とか、そういうんじゃなくて……」
「無理なのであれば、無責任なことを言うのはやめてください!私はただ、詩乃のため関わるなと申しているだけです」
という話し合いを、さらに数分。
「とは言っても……薫子さん。子供達は、関わりたいと言ってるんです」
「言ってない!詩乃は言わされてるだけよ!詩乃がこんな子と仲良くしたいなんて思うわけないでしょう!?」
「それはー……ちょっと。失礼なんじゃないですか。確かにバカかもしれないけど、うちの子だってね…!」
ついに、下手に出ていた母親さえ我を失い始め、男達が悲鳴にも近い仲裁に入った。
まさに修羅場と表現するに相応しい場所へ、
「……お母さん」
火に油となるか、消火剤となるか危うい存在が降りてきた。
「ごめんなさい」
まず真っ先に、詩乃ちゃんは深々と頭を下げた。
娘の行動に安堵した薫子さんは立ち上がり、歩み寄ろうと足を一歩前へ踏み出す。
「詩乃…」
「私、家には帰れません」
だけど、はっきりと告げられた独立宣言に言葉を失っていた。
「詩乃……?」
「帰りたくない。ずっと、夕夏ちゃんといたいの」
「何を、言ってるの。お母さん、ちょっとよく分からな」
「夕夏ちゃんのことが、好きなの」
「す……き?」
まるで初めて聞く単語を復唱するみたいにたどたどしく呟いた薫子さんの、見開いてこぼれ落ちそうな眼球がぐりんと動く。
私を睨み、首を傾げた彼女は、言語を理解するまでに数秒要した。
「すき、って……なーに?」
「愛してるの」
まさか家族の前で愛の告白をされると思ってもみなかった私は、心の準備もできてなくて、驚いた他の人達からの視線にも耐えきれず肩を竦める。
こんな田舎で女好きって広まったら生きづらいな、っていう危惧も少々。恋愛を濃くするエッセンスには、ちょいと刺激が強すぎる。
思考停止した薫子さんは一点を見つめ、硬直していた。
「あなた達は、女の子よ」
「うん」
「この子は、男の子じゃないのよ?」
「分かってる」
「あ。……そう、だ。友情と恋愛を勘違いしてるのね?」
「ううん」
「さっきのも、何かの間違いよね?相手から無理やり…」
「私から付き合いたいって、言ったの」
ひとつひとつ丁寧にされる確認という名の否定を、尽く真逆を踏んで進む。
泳ぐというにはあまりにも激しい動揺を瞳に宿した薫子さんが、膝から崩れ落ちる。生気の抜け落ちた表情からは、希望という希望が失われたようだった。
良心から、胸が痛む。そのくらい、痛ましい。
「……そう」
やけに抑揚のない音で、言い聞かせているのか何度も頷く。
「好きになさい」
言い残して、旦那の肩を借り、体を支えられ、薫子さんはうちから姿を消した。
緊迫した雰囲気は一気に解かれ、全員が全員、胸元に手を当てため息をつく。母親は、もはや深呼吸並みに深く吐き出していた。
「っはぁ〜……こわ、かったぁ」
「うそつけい。詩乃ちゃんが一番メンタル強かったよ」
「どうして?」
「ぶった斬って、とどめ刺してたじゃんか」
「と、とどめなんて刺してないよ」
「てか、あんたら」
いつもの調子で見つめ合って会話していたら、母親の低い声が割って入った。
「ほんっとーに、付き合ってるの」
疑わしい目つきが刺さり、困り果てて頭の後ろを掻く。詩乃ちゃんは、さっきの勇敢さはどこへやら。私の後ろに隠れた。
「怒んないから。正直に言って」
「おかあの“怒んない”は怒るじゃんか」
「いいから。娘の恋路なんだよ?気になっちゃうでしょうが!」
「きめえ」
「秋夜、殺されるぞ」
「にげろ」
「おい!ずるい、私も!」
「あっ、こら!」
さらりと暴言を吐き、とたとた逃げ出した弟に続き、
「詩乃ちゃんも!おいで」
こんなところに好きな人をひとり置いていけるか、と詩乃ちゃんの手を引いて自室へ急いだ。
「まったく……」
と、母親が呆れた姿が、その場にいなくても鮮明に思い浮かんだ。




