第91話
部屋の空気が、わずかに張りつめていた。
ミラは、机の向こうに立つカリスを見ている。
視線は逸らさない。
敵意もない。
ただ、動かなかった。
「あなた方の“確認”は、いつもそうなの?」
声は落ち着いている。
問いというより、確かめるような調子だった。
「対象に何も告げず、結論だけを積み上げていく」
カリスは、すぐには答えなかった。
人の姿をしてはいるが、その沈黙には揺れがない。
「告知は、必要と判断された段階で行う」
淡々とした声。
「順序の問題です」
「順序、ね」
ミラは小さく息を吐いた。
「その順序の中に、レイは含まれている?」
一瞬だけ、カリスの視線が動いた。
ほんの僅か。
「含まれています」
「でも、決める場所にはいない」
ミラの言葉は、低い。
カリスは、否定しなかった。
「管理は、悪ではありません」
「知ってる」
ミラは頷く。
「だから、やっかいなの」
短い沈黙。
「あなたたちは、彼を壊すつもりはない」
ミラは続ける。
「でも、触る量が、多すぎる」
言葉が、そこで止まる。
カリスは、眉をひそめた。
「その表現は、適切ではない」
「そう思っているでしょうね」
ミラは、視線を下げる。
その瞬間、
部屋の隅――扉の影で、レイは息を止めた。
聞くつもりはなかった。
けれど、足が動かなかった。
「彼は、何も言わなかった」
ミラの声が、少しだけ低くなる。
「それを、どう受け取る?」
カリスは、考えるように目を伏せた。
「意思表示でしょう」
「……そう」
ミラは、短く答えた。
「天界の論理では」
カリスが言う。
「意思は、明確でなければ、扱えない」
「そこが、噛み合わないの」
ミラは、正面から見返した。
沈黙が落ちる。
二人とも、動かなかった。
「提案があります」
カリスが言った。
「管理の強化。
観測頻度の上昇。
外部接触の制限」
ミラの指が、机の縁に触れる。
「それ以上、近づけるのね」
「安全のためです」
ミラは、首を振った。
「……今日は、ここまでにしましょう」
カリスは、否定しなかった。
「検討は、続けます」
それだけを告げて、踵を返す。
扉が閉まる音。
ミラは、深く息を吐いた。
そして、ようやく――
部屋の隅に視線を向ける。
「……聞いてた?」
レイは答えなかった。
小さく、頷いただけだった。
「ごめんね」
ミラの声は、少しだけ掠れている。
レイは、床を見ていた。
言葉は、出なかった。
部屋には、
しばらくのあいだ、
何も起きなかった。




