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禁忌の子レイ  作者: ぴすまる
第四章:三界衝突編

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第87話

 最初に感じたのは、気配だった。

 音ではない。

 視線でもない。


 それでも、

「何かが近くにいる」とだけ分かる距離感。


 部屋は静かだった。

 窓は閉じられ、外の音は遮られている。


 保護施設と呼ばれるこの場所は、

 夜になると特に何も起きない。


 ――はずだった。


 レイは、ベッドの上で目を開けたまま、天井を見ていた。

 眠っていたわけではない。

 起きていたとも言い切れない。


 ただ、目を閉じる理由がなかった。


「起こしてしまったかな」


 声は、すぐそばから聞こえた。

 低すぎず、高すぎない。

 形だけが残るような声。


 レイは、ゆっくりと顔を横に向けた。


 椅子に、人の形をした何かが座っている。


 扉は壊れていない。

 足音も、入ってきた気配もない。


 それなのに、

 最初からそこにいたように見えた。


「……誰」


 確かめるための、短い言葉。


 相手は、わずかに口元を動かした。


「イグニス=ラ=ヴェル。

 君たちの言い方なら――魔界の者だ」


 脅す調子ではない。

 誇るでもない。

 事実を、そのまま置いただけの言い方だった。


 レイは、視線を外さなかった。

 驚きも、怯えも見せない。


「……捕まえに来た?」


「いや」


 即答だった。


「連れ出すつもりもない。

 縛る気も、今はない」


 “今は”という言葉が混じる。

 だが、そこに力はなかった。


「じゃあ……何」


 問いは、それだけ。


 イグニスは一瞬だけ考え、言った。


「選択肢を、置きに来た」


 空気が、わずかに変わる。

 重くも、冷たくもならない。

 ただ、密度が変わった。


「天界は確認に来る。

 地上は保護を選ぶ。

 どちらも、君を中心に動いている」


 レイは、何も返さなかった。


「魔界はね」


 指先が、静かに動く。


 景色が現れた。


 現実ではない。

 だが、夢とも違う。


 剣を持つ自分。

 何も持たない自分。

 誰かのそばにいる自分。

 誰にも見られない自分。


 どれも、はっきりしない。

 輪郭だけが、そこにあった。


「可能性だ」


 イグニスは言う。


「決まっていない。

 だから、奪えない。

 消えることもない」


 レイは、その景色を見ていた。

 理解しようとはしない。


 ただ、そこにあるものを、

 そのまま見ていた。


「……怖くないのか?」


 確かめるような問い。


 少し間を置いて、レイは答えた。


「……分からない」


 それだけだった。


 イグニスは、何も評価しない。


「今すぐ決めなくていい」


 手が下ろされる。

 景色は、静かに消えた。


「君が選ばない限り、何も始まらない。

 拒否も、選ばないことも、同じだ」


 説明するだけの口調。


「覚えておいてほしい。

 保護以外の道も、ある」


 立ち上がる気配。

 足音は、なかった。


「また会うかどうかも、分からない。

 それも含めて、だ」


 気配が、薄れていく。


 レイは、引き止めなかった。

 問い返さなかった。


 胸の奥に残った感覚を、

 言葉にできなかった。


 ――魔界は、何も奪っていない。


 それなのに、

 何かが残った気がした。


 理由は、分からない。


 部屋は、再び静かになる。


 外では、

 天界も、地上も、

 それぞれの正しさで動き続けている。


 レイだけが、まだ、何もしていなかった。

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