第8話
目が覚めたとき、洞穴の外が白かった。
霧だ。
濃い。
音が、ほとんどない。
鳥も、風も、虫も。
世界そのものが、
息を潜めているみたいだった。
「……しずか……」
声が、妙に響く。
起き上がろうとして、
昨日よりは少しだけ楽だと気づく。
完全じゃない。
でも、戻り始めている。
「起きたか」
入口に、立っていた。
「……そと……」
「出る」
即答。
理由は、ない。
黙って立ち上がる。
足は、まだ心もとない。
それでも、歩けた。
外に出た瞬間、
空気が変わる。
冷たい。
湿っている。
肌に、ぴたりと張りつく。
霧の向こうは、見えない。
でも――。
「……いる……」
思わず、口に出た。
何かが。
たくさん。
見ている。
何も言われない。
止められもしない。
昨日の言葉を、思い出す。
見るな。
聞くな。
感じろ。
胸に、意識を落とす。
どくん。
どくん。
怖い。
でも、
逃げたいほどじゃない。
霧の中で、気配が動く。
すう、と。
空気が集まる。
形を、持つ。
人、みたいな。
でも、違う。
小さい。
少し、低い。
細い手足。
肌は、木の色。
苔。
目が――翡翠色に光った。
「……こども……?」
声は、
口からは聞こえなかった。
『ちがう』
頭の中。
肩が、跳ねる。
『混ざりもの』
胸が、縮む。
『聖と暗
火と水
風と土』
影が、ゆっくり回る。
『うるさい』
怖い。
でも――
殺される感じが、ない。
「……なに……」
途中で、止まる。
足元から、
何かが伸びた。
蔓。
細い。
絡みつく。
「……っ」
体が、反射で動きかける。
「動くな」
低い声。
『いい反応』
影が、笑った気がした。
『拒まない』
蔓が、締まる。
息が、詰まる。
怖い。
でも――。
「……いたく……しないで……」
絞り出す。
一瞬、止まる。
『ほう』
翡翠色が、こちらを見る。
『逃げない
壊さない
拒まない』
蔓が、ほどけた。
その場に、座り込む。
息が、荒い。
「……こわ……」
『当然』
うなずく。
『だが
嫌われてはいない』
額に、冷たい指。
ひやり。
一瞬、
視界が白く弾けた。
「……っ」
体の奥が、
静かになる。
暴れない。
騒がない。
そこに、ある。
『印す』
それだけ。
次の瞬間、
霧に溶けた。
静寂。
しばらく、動けない。
「……なに……された……」
「印だ」
ようやく、声。
「拒まれてはいない」
「……いい……の……?」
「運がいい」
少し、間。
「だが、近づいた」
胸に、手を当てる。
確かに、ある。
守られている。
囲われてもいる。
霧の向こうで、
別の気配が動いた。
重い。
古い。
「……また……?」
「違う」
視線が、奥を見る。
「次は、
もっと前からいる」
知らず、拳を握る。
隠れるだけじゃ、足りない。
森は、
もう気づいている。
そして――
簡単には、離さない。




