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禁忌の子レイ  作者: ぴすまる
第四章:三界衝突編

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第80話

 天界の中枢に、静かな報告が集まっていた。


 数値。

 記録。

 観測の重なり。


 どれも致命的な異常を示してはいない。

 だが、完全に平常とも言えなかった。


 セラフィエル=アーカは、

 その中央に立っていた。


 光の盤面に映るのは、

 複数の観測結果。


 角度を変えても、

 拡大しても、

 結論は同じだった。


 ――説明できない。


「依然として、定義不能です」


 淡々とした声だった。

 感情も、焦りも含まれていない。


 ただ、

 事実を削ぎ落とした結果だけを

 並べている。


「現象として扱うには再現性がなく、

 事例としてまとめるには

 境界が曖昧すぎます」


「では、なおさら線を引くべきだ」


 ルクス=エルディアが、

 即座に応じる。


「不明なものを

 不明のまま置くことは、

 秩序への負荷になります。


 早期に裁定し、

 範囲を限定すべきです」


 その主張は、

 天界として正しかった。


 不確定要素を

 制度の外に置かない。


 危険は、

 未然に防ぐ。


 だが――


「線を引く理由が、

 まだ揃っていません」


 セラフィエルは、

 盤面から視線を外さずに言った。


「危険性は観測されていない。

 干渉も、意図も、

 確認できません」


「“確認できない”からこそ

 危険なのです」


 ルクスの声が、

 わずかに強まる。


「未知はいずれ事故になります。

 裁定は、

 その事故を防ぐためにある」


 セラフィエルは、

 そこで初めて

 視線を上げた。


「事故とは、

 誰にとってのものですか」


 一瞬、

 空気が止まる。


「世界全体にとって、です」


「それは結果です」


 否定はしない。

 ただ、

 順序を戻す。


「現時点で見えているのは、

 “事故が起きていない”

 という事実だけです」


 盤面に、

 観測継続を示す

 符号が灯る。


「裁定を出せば、

 定義が先に立ちます。


 定義が立てば、

 対象は

 “それ”になります」


 言葉は、

 静かだったが

 鋭かった。


「まだ、

 その段階ではありません」


 沈黙が落ちる。


 反論は可能だった。

 だが、

 誰も言葉を重ねなかった。


「……では、どうする」


 ルクスが問う。


「見逃すのですか」


「いいえ」


 セラフィエルは、

 即座に首を振る。


「見逃しません。

 ただ、

 裁きません」


 天界では

 珍しい選択だった。


 裁定を保留し、

 関心だけを

 手放さない。


「観測を継続します。

 記録を積み上げる。


 触れず、

 近づかず、

 名前も与えない」


 名前を与えない。


 それは、

 存在を固定しない

 という判断だった。


「存在として扱う、

 ということですか」


「現象でもなく、

 脅威とも

 断定しません」


「判断は、

 まだ早い。

 それだけです」


 最終裁定者の席は、

 空いたままだった。


 今日、

 結論は出ない。


 その事実だけが、

 確定した。


 誰も満足していない。

 誰も間違っていない。


 ただ、

 線は引かれなかった。


 それが、

 最も重い決断だった。

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