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禁忌の子レイ  作者: ぴすまる
第四章:三界衝突編

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第78話

 魔界に、音はなかった。

 ざわめきも、揺れも、報告の声もない。

 ただ、空気がわずかに変わった。


 ヴァル=ノクスは、歩みを止めなかった。

 止める理由が、見当たらなかった。


 最初に届いたのは、匂いだった。


 甘くもない。

 苦くもない。

 血や恐怖、欲望の類とも違う。


 用途の決まっていない匂い。

 棚に並べるには早く、

 捨てるには、まだ触られていない。


「……出たか」


 傍らの影が、低く言った。


「出たな」


 ヴァルは、否定もしなかった。

 肯定もしない。


 匂いは、そこにある。


「奪えるか?」


 問いは、力の話だった。


「奪える」


 即答だった。

 それは計算であって、意志ではない。


「だが、奪えば形が崩れる」


 影が、わずかに首を傾ける。


「下がる?」


「……混ざる」


 ヴァルは、それだけ言った。


 自分から動かないものを引きずれば、

 最初に傷むのは輪郭だ。


「危険じゃないのか」


 影が、別の基準を持ち出す。


「便利すぎる言葉だ」


 ヴァルは歩きながら答えた。


「燃えるか、壊れるか、増えるか。

 それくらいに分けないと、

 触れたあとで困る」


 天界なら、線を引くだろう。

 地上なら、帳に載せるだろう。

 魔界は、値を見る。


「天界は、もう気づいている」


 影が言う。


「だろうな」


 ヴァルは、匂いの残る方向を見た。


「あちらは、匂いより先に、ズレを見る」


 足が止まる。


「どうする」


「何もしない」


「静観か?」


「違う」


 ヴァルは、少し考える素振りを見せた。


「まだ、触る段階じゃない」


 匂いは、消えない。

 だが、広がりもしない。


 自分から動かない存在は、

 触れられるまで、形を持たない。


「記録は?」


「残す。

 ただし――」


 ヴァルは、少しだけ間を置いた。


「名前は、置くな」


 そう言って、歩き出す。


 魔界は、騒がない。

 匂いが消えるまででも、

 値が生まれるまででもない。


 ただ、通り過ぎる。


 床に残った足跡は、

 すぐに、別の影に踏み消された。

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