第76話
天界の記録層は、常に同じ明るさを保っている。
光源の強さも、影の角度も、意図的に固定されていた。
記録する側が、余計な情報を受け取らないために。
そのはずだった。
光の粒子が、わずかに遅れる。
数値にすれば誤差と呼べる範囲だが、連続して起きている。
周期は一定ではない。
補正をかけると、別の場所でズレが出る。
記録官たちは、声を上げなかった。
騒ぐ理由がない。
危険と判断する根拠もない。
ただ、揃わない。
それだけだ。
記録盤に映る像は、地上の一部だった。
森の縁。
乾いた土。
人の形をした輪郭。
だが、焦点が合わない。
合わせようとすると、別の情報がぼやける。
「固定を外します」
誰かが言い、誰も止めなかった。
補助設定が解除され、観測域が広がる。
情報量は増えたが、解像度は上がらない。
むしろ、何が重要なのか分からなくなる。
数値が並ぶ。
光量、密度、干渉率。
どれも基準値の内側に収まっている。
異常ではない。
だが、整っていない。
記録官の一人が、盤面から視線を外した。
判断を待っている。
上位の声を。
線を引く言葉を。
しかし、何も降りてこない。
記録は上がっている。
共有もされている。
それ以上が、ない。
「名称は?」
問いが出たが、答えは返らなかった。
名称を与えるには、分類が必要だ。
分類には、確定がいる。
今は、どれも揃っていない。
代わりに、記録番号が振られる。
一時的な符号。
意味を持たない印。
誰かがそれを読み上げ、誰かが記した。
作業は進む。
だが、決定は進まない。
空気だけが、少し重くなる。
不安でも、恐怖でもない。
保留が積み重なる感覚。
この段階で、裁定を求める者はいなかった。
求めれば、責任が生まれる。
責任は判断を伴う。
まだ、分からない。
記録官たちは、それぞれの位置に戻った。
盤面は消えない。
数値も流れ続ける。
異変は、そこに置かれたままだ。
誰かが処理するだろう。
いつか、線が引かれるだろう。
その期待だけが、共有される。
決めないという選択が、静かに重なっていく。
記録は続行された。
意味が揃わないまま。
ただ、見逃さないために。




