第75話
光は、一定の間隔で流れていた。
天界の記録層では、昼も夜も区別されない。
時間は数値として並び、現象は波形に還元される。
揺れがあれば理由があり、理由があれば名前がつく。
――そのはずだった。
記録盤の一角で、わずかな歪みが生じる。
数値は規定内。
誤差として処理できる幅。
警告灯も点かない。
それでも、止まった。
流れていた光が、ほんの一拍だけ遅れる。
遅れはすぐに回収され、全体の整合性は保たれる。
外から見れば、何も起きていない。
だが、記録官は視線を上げた。
指先で盤面をなぞる。
温度は変わらない。
触覚の補助情報にも異常はない。
それでも、同じ位置を、もう一度見る。
以前の反応と、似ていなかった。
座標は一致している。
発生源も同じ。
だが、波の立ち方が違う。
数値の上下ではなく、揺れ方そのものが変わっている。
補助天使が、静かに待機していた。
問いかけはない。
必要があれば、こちらから発する決まりになっている。
記録官は、すぐには言葉を選ばなかった。
過去の記録を重ねる。
初回。
再発。
その間にあった空白。
空白は欠損ではない。
観測は成立していた。
ただ、意味づけが保留されたまま残っている。
盤面に、新たな線が引かれる。
仮の区分。
未確定。
「現象」として登録するには、揺れが足りない。
「事故」と呼ぶには、継続性がある。
名前を与えなければ、裁定は始まらない。
だが、名前を与えないままにしておくには、時間が経ちすぎている。
補助天使が、ほんのわずかに羽を動かした。
待機姿勢の微調整に過ぎない。
記録官は、盤面から視線を外す。
視線の先にあるのは、地上の像。
街道。
移動する点。
速度は遅く、一定ではない。
力の行使はない。
境界への干渉も確認されていない。
それでも、像の周囲だけ、観測の密度が揃わない。
一拍、記録がずれる。
すぐに補正が入る。
だが、その補正が、完全ではない。
「……存在、か」
音としては、ほとんど残らない声だった。
誰かに聞かせるための言葉ではない。
補助天使が、初めて反応する。
記録官の言葉を、そのまま処理待ちに回す。
存在。
その語は重い。
現象と違い、切り取れない。
数値に還元できない。
盤面の光は、再び一定の流れに戻っている。
警告も異常表示も出ていない。
今すぐ、何かが起きるわけではない。
だが、記録官は次の更新欄を空けたままにした。
保留のまま、線だけを引く。
線は、まだ細い。
地上の像は、歩き続けている。
止まらない。
呼びかけにも、反応しない。
記録層に、静かな圧が溜まり始めていた。
それが危険かどうかは、まだ判断できない。
判断しない、という選択だけが、ここに残る。
光は流れ続ける。
だが、次にずれたとき、
それを誤差として扱えるかどうかは、わからなかった。




