第74話
朝か昼か、はっきりしない時間だった。
空は明るいが、
太陽の位置が低い気も高い気もする。
雲が薄く伸び、
影は短くならない。
レイは、足を止めずに進んでいた。
街道は、ここ数日と変わらない。
幅は、人が二人並べるほど。
踏み固められた土に、細かな石が混じる。
靴底に引っかかる感触が、
一定の間隔で返ってくる。
小石を避けるように歩く癖が、
いつのまにか、ついていた。
腹の奥が、軽く縮む。
強い痛みではない。
ただ、
何も入っていないことを思い出させるような、
浅い感覚だった。
喉も乾いている。
唾を飲み込もうとして、うまくいかない。
道の脇に、低い草が続いている。
踏み込めば、
簡単に分け入れそうだが、
そうはしなかった。
草の中は柔らかく、
足を取られる。
歩きにくい。
それだけの理由で、
道を選び続けている。
振り返らなかった。
後ろに何もいないことは、
もう何度も確かめている。
それでも、
首を動かせば楽になるような気がして、
何度か肩に力が入った。
力を抜くのに、
少し時間がかかる。
遠くに、
人影のようなものが見えた気がした。
次の瞬間には、
形が崩れて、
ただの木立だとわかる。
視線を前に戻す。
足取りは、変えない。
歩いていると、
考えが続かなくなる。
一つ浮かびかけて、
途中で消える。
何を考えようとしていたのかも、
残らない。
その状態が、
今は楽だった。
道は、ゆるく曲がっている。
先が見えないわけではない。
ただ、少し先までしか見えない。
それ以上は、
歩かなければわからない。
靴の中で、足指が擦れる。
皮膚が熱を持っている。
靴紐を緩めた方がいいかもしれないと思い、
でも、止まらなかった。
ほどく場所を探すのが、
面倒だった。
何かを探している感覚はない。
目的地も、目印も、
頭に浮かばない。
ただ、
止まらないことだけが続いている。
道端に、小さな石積みがあった。
誰かが積んだのか、
自然に寄ったのかはわからない。
崩れている部分もある。
レイは横目で見ただけで、
近づかなかった。
触れる理由が、なかった。
風が吹く。
服の裾が揺れ、
肌に冷たさが残る。
季節は、
まだ寒さを引きずっている。
夜のことを思い出しかけて、
考えるのをやめた。
眠れていない。
それを自覚すると、
体が重くなる気がする。
だから、
言葉にしないようにしている。
ただ、
足を前に出す。
道の先が、少し開けた。
遠くに、
建物らしき輪郭がある。
壁か、屋根か、
判断はつかない。
街なのか、
ただの集落なのかもわからない。
近づいているのかどうかも、
はっきりしない。
景色は、
少しずつ変わっている。
だが、
距離が縮んでいる感覚は薄い。
腹が鳴った。
音は小さく、
すぐに消える。
聞き返す相手はいない。
恥ずかしさも、起きなかった。
ただ、
事実として残る。
歩く速さを、
無意識に落としていた。
遅くなっていると気づき、
少しだけ歩幅を広げる。
速くしたいわけではない。
ただ、止まりたくなかった。
立ち止まれば、
考える時間が増える。
考えると、
何かを選ばなければならなくなる気がした。
選ぶ理由が、
まだ見つからない。
道は続いている。
それ以上でも、
それ以下でもない。
背後に、街はない。
前にあるものは、
まだ名前を持たない。
レイは、歩き続けた。
それが正しいかどうかを、
確かめるためではない。
確かめないままでいるために、
足を止めなかった。
第三章はここまでです。
明日から第四章が始まります。
三界が動き始めます!




