第73話
朝から、持っているものを確かめてしまう。
意識してではない。
歩きながら、手の位置が落ち着かない。
腰のあたり。
何もない。
背中。
重さはない。
肩が軽いままなのが、少し怖い。
道沿いに、小さな集まりが見えた。
屋根の低い建物が数軒。
煙が、細く上がっている。
通り過ぎるつもりだった。
足は、自然とそちらへ向かう。
空腹が、理由になる。
腹が鳴るほどではない。
ただ、内側が空いている感じが続いている。
建物の前に、人がいる。
二人。
どちらも、こちらを見た。
視線が、少しだけ止まる。
顔ではない。
全体を見る目。
近づくにつれて、距離が変わらない。
縮まらない。
向こうから来ない。
立ち止まる。
相手も、動かない。
言葉が出ないまま、時間が過ぎる。
沈黙の形が、固まる。
片方が、手を少し動かした。
追い払うでも、招くでもない。
位置を示すだけの仕草。
視線が、足元に落ちる。
靴。
擦り切れた底。
それから、腰。
袋がない。
紐も、ない。
金がない、と言われなくても分かる。
聞かれもしない。
何かを差し出すような間が、少しだけあった。
何も出てこない。
視線が戻る。
顔ではなく、背後。
道のほう。
行け、という意味にも取れる。
ただ見ているだけ、とも取れる。
どちらとも、決められない。
小さく、首を振る。
自分に向けて。
歩き出す。
背中に、何か言われる感じはない。
数歩離れてから、振り返る。
もう、見られていなかった。
集まりは、そこにある。
自分は、そこに含まれていない。
それだけが、残る。
また道に戻る。
音が変わる。
人の気配が消える。
持っていないことが、はっきりする。
金だけじゃない。
頼める言葉も。
示せる立場も。
持たない状態が、特別じゃなくなっている。
昨日より、少しだけ。
歩きながら、手を握る。
空だ。
開いても、変わらない。
前方から、人が来る。
一人。
距離は、まだある。
すれ違うまでに、何度か視線が合う。
すぐ外れる。
最後の数歩で、相手が道をずらす。
避けるほどでもない。
でも、近づかない。
言葉は、ない。
通り過ぎる。
背中に、何も残らない。
名前も。
役割も。
噂だけが、どこかを先に進んでいる気がした。
自分より、速く。
それを確かめる術はない。
聞けないし、聞かれない。
持たないまま、進む。
止まる理由も、拾えるものもない。
道は、続く。
孤立が、当たり前になる。
それでも、足は前に出る。
重さは増えない。
減りもしない。
ただ、残る。




