第71話
目を開けたとき、空はもう白かった。
明るい、というより、色が抜けている。
夜が終わった感じはしない。
ただ、暗くなくなっただけだった。
体が重い。
起き上がろうとして、すぐには動けなかった。
背中と地面が、まだつながっている。
剥がすみたいに、肩を動かす。
遅れて、腰。
最後に、首。
頭が少し揺れる。
視界が、遅れてついてくる。
吐く息が、短い。
深く吸おうとすると、胸の奥が引っかかる。
喉が乾いている。
唾を飲み込むと、音が大きく聞こえた。
周りは静かなのに、その音だけが残る。
夜の間、ほとんど動いていないはずなのに、足がだるい。
ふくらはぎに、鈍い張りがある。
指を曲げる。
少し遅れる。
力が抜けたまま、戻ってこない。
立ち上がる。
一度で立てず、途中で止まる。
また座るのは嫌で、足に力を足す。
地面が、近い。
思ったより、近い。
立てた。
けれど、まっすぐではない。
視線が低い。
背中が丸まったまま、しばらくその姿勢でいる。
周囲を見る。
道は、昨日と同じ。
草の高さも、木の間隔も、変わらない。
何かが増えた気配はない。
それでも、視線を感じる。
音はない。
足音も、話し声も。
なのに、見られている感じだけが残っている。
気のせいだ、と言い切れない。
でも、確かめる方法もない。
腹が鳴る。
昨日より、はっきりした音だった。
驚くほど大きくはない。
ただ、無視できない。
持っているものを思い浮かべる。
数えない。
数えるほど、ない。
歩き出す前に、靴を確認する。
底に、夜の湿り気が残っている。
指で押すと、少し沈む。
そのまま、履く。
一歩、踏み出す。
体が前に出るまで、少し時間がかかる。
昨日より、遅い。
道の先に、人影があった。
遠い。
動いているのか、止まっているのか、分からない距離。
近づくにつれて、形がはっきりする。
一人ではない。
数は、分からない。
こちらを見る動きがあった。
すぐに、止まる。
何かを確かめるみたいに、間が空く。
歩き続ける。
止まらない。
止まる理由が、見つからない。
距離が縮まる。
向こうが、道の端に寄る。
避ける、というほど大きな動きじゃない。
ただ、空ける。
視線が、集まる。
顔は、よく見えない。
目だけが、こっちを向いている気がした。
「……近づくな」
声が飛んできた。
低い。
短い。
足が、反射的に止まる。
一歩分だけ、遅れる。
止まるつもりはなかったのに、体が止まった。
「そこでいい」
また、声。
同じ方向から。
同じ調子。
何も答えない。
何を言えばいいのか、分からない。
視線が、動く。
測られるみたいに、上下する。
服。
靴。
手。
しばらくして、誰かが息を吐いた。
それだけで、場の空気が変わる。
「……通れ」
道の中央が、少し空く。
完全には、開かない。
通れるだけ。
歩き出す。
背中に、視線が刺さる。
振り返らない。
通り過ぎるとき、誰とも目が合わなかった。
合わせなかったのか、合わなかったのか、分からない。
数歩進んで、息を吐く。
肩が、落ちる。
力が抜ける感じじゃない。
ただ、重さが戻る。
腹が、また鳴る。
さっきより、短い音。
歩く速さが、安定しない。
一歩ごとに、違う。
合わせようとすると、余計に乱れる。
昨日の朝と、同じ時間のはずなのに、違う。
光の感じも、空気も。
体の中が、ずれている。
眠ったはずなのに、足りていない。
食べていないからかもしれない。
でも、それだけじゃない気がした。
道は続く。
昨日より、少しだけ遠くに感じる。
歩きながら、背中を意識する。
何かが当たる気配はない。
追ってくる音もない。
それでも、軽くはならない。
朝なのに。
朝は、戻らない。
昨日と同じ形では。
足を出す。
音が返る。
それを確かめるみたいに、もう一歩。
止まらず、進む。
理由は、ないまま。




