第70話
日が落ちるのは、思っていたより早かった。
空の色が変わる前に、足を止める場所を探したつもりだった。
つもり、だった。
道から少し外れたところに、低い窪みがある。
草が踏まれている。
誰かが、前にも使ったらしい。
そこに立ったまま、周りを見る。
木は多くない。
隠れるには、足りない。
立ったままか、座るか。
すぐには決められない。
膝が、微かに震える。
地面に触れると、冷たい。
昼の熱は、もう残っていない。
石の方が、まだ温い。
背中を、木に預ける。
完全には寄りかからない。
すぐ動けるように、少しだけ隙間を残す。
耳を澄ます。
音は、ある。
多すぎて、分からない。
風が、草を揺らす。
遠くで、何かが鳴く。
近いのか、遠いのか、判断できない。
目を閉じるのは、やめる。
開けたまま、暗さに慣らす。
夜が来る。
避けようとしても、来る。
時間が、伸びる。
同じ姿勢のまま、どれくらい経ったか分からない。
足先が、じんとする。
感覚が、薄くなる前の、嫌なところ。
立ち上がって、数歩動く。
草が、音を立てる。
すぐに、戻る。
自分の音が、一番大きい。
それが、気になる。
遠くで、灯りが揺れた気がした。
目を凝らす。
もう、ない。
想像なのか、違うのか。
確かめる手段はない。
喉が、渇く。
水は、もう残っていない。
舌が、上顎に貼りつく。
体を丸める。
それでも、寒い。
昼とは、別の冷え方だ。
布を、肩まで引き上げる。
薄い。
風を止めきれない。
音が、近づいた気がする。
一定じゃない。
規則もない。
目を、動かさない。
首を回すと、音が出る。
しばらくして、声がした。
短い。
言葉かどうか、分からない。
反射的に、体が固まる。
手に、力が入る。
「――動くな」
低い声。
近い。
何も言えない。
喉が、詰まる。
影が、二つ。
数は、正確には分からない。
重なって、見える。
「そこで、待て」
命令だけが、落ちる。
理由は、続かない。
近づいてくる足音。
土を踏む音が、重い。
腕を、見られている気がする。
顔より、先に。
息を、抑える。
抑えきれない。
しばらくして、足音が止まる。
視線だけが、残る。
「……違うか」
誰に向けた言葉か、分からない。
確認なのか、独り言なのか。
少し、距離が離れる。
完全には、去らない。
夜が、戻る。
さっきより、濃い。
体の緊張が、抜けない。
抜いたら、倒れそうだった。
座り直す。
背中が、痛む。
気にしない。
目を閉じると、すぐ開いてしまう。
暗さそのものより、
分からなくなる感じが、嫌だった。
眠りは、浅くしか来ない。
落ちる前に、引き戻される。
音。
風。
自分の呼吸。
何度も、同じところを行き来する。
体が、重い。
腕も、脚も。
昼より、確実に。
それでも、完全には眠らない。
眠ったかどうかも、怪しい。
空が、少しだけ薄くなる頃、
目は、まだ開いていた。
夜は、終わったのかもしれない。
でも、体は、追いついていない。
冷えたままの指を、握り直す。
力は、あまり入らない。
眠っていない。
それだけは、
否定できなかった。




