第66話
道の先に、点があった。
動いている。
消えない。
近づくにつれて、形になる。
荷を積んだ車。
その横を歩く影。
ひとつではない。
足音が、重なる。
自分の音に、別の音が混じる。
少し高い。
少し遅い。
目線が、上がる。
向こうも、同じ高さを見る。
合いそうで、合わない。
道の脇に、布が張られている。
棒に結ばれ、風で揺れている。
乾いた布の端が、めくれる。
下に、箱。
中身は見えない。
立ち止まる。
向こうも、少し遅れて止まる。
距離は、近い。
間にあるのは、何もない空気だけ。
誰も、声を出さない。
箱の中から、匂いが来る。
甘い。
腹の奥が、反応する。
小さく鳴る。
押さえても、止まらない。
視線が、腹のあたりを通る。
顔には、来ない。
すぐ、外れる。
値札らしい紙が、風で揺れる。
数字がある。
読まない。
読めば、聞くことになる。
足を、半歩だけ前に出す。
相手の肩が、少しだけ動く。
こちらを見る。
でも、口は開かない。
手が、荷の紐に触れる。
ほどかない。
触っただけで、離す。
道を挟んで、人が通る。
こちらを一度見る。
すぐ、進む。
速さを、少しだけ変える。
近い。
でも、何も落ちていない。
声を出そうとして、やめる。
喉が動く。
音は出ない。
箱の端に、欠けた角がある。
そこだけ、色が違う。
何度も触られた跡。
腹が、もう一度鳴る。
さっきより、大きい。
誰も、何も言わない。
向こうが、視線を外す。
道の先を見る。
同じ方向。
立っている時間が、長くなる。
影が、少し伸びる。
どちらも、動かない。
先に、足が出る。
自分の方だった。
横を通る。
近い。
腕が、触れそうで、触れない。
息の音が、聞こえる。
数は、合わない。
自分のより、多い。
通り過ぎる。
背中に、何か残る。
重さではない。
数歩進んで、振り返りそうになる。
首は、途中で止まる。
後ろでは、また動き出す音。
車輪。
布。
話し声。
内容は、分からない。
道は、また前だけになる。
音も、戻る。
腹の中が、空いたまま。
歩く速さは、変わらない。
声をかけられる距離は、過ぎた。
何も、残っていない。
足を出す。
音が、返る。




