第6話
意識が、
浮かんでは沈む。
冷たい。
背中が、
地面じゃない。
何かに、
預けられている感覚。
「……起きろ」
低い声。
優しくは、ない。
でも、
怒ってもいない。
レイは、
ゆっくり目を開けた。
暗い。
けれど、
完全な闇じゃない。
火だ。
小さな焚き火。
その向こうに、
人が座っている。
長い影。
厚手の外套。
顔は、
半分ほど影に沈んでいる。
そして――。
目。
赤い。
炎の色じゃない。
もっと深くて、
暗い赤。
心臓が、跳ねた。
体が、こわばる。
「……にげ……」
声が、出なかった。
喉が、ひりつく。
「動くな」
短い言葉。
命令に近い。
「逃げる体力は、
もうない」
図星だった。
足に、
力が入らない。
腕も、重い。
レイは、
歯を噛みしめた。
「……ころす……?」
ようやく、
絞り出した言葉。
赤い目の男は、
少しだけ首を傾けた。
「殺すなら、
もう終わってる」
淡々とした声。
事実を述べているだけ、
という口調。
それが、
かえって怖かった。
「……じゃあ……」
「生きたいか」
質問。
短く、
逃げ道のない聞き方。
レイは、
一瞬、迷った。
でも、
答えは決まっている。
「……いきたい……」
声が、震えた。
それでも、
言った。
男は、
しばらく黙ってレイを見ていた。
赤い目が、
じっと動かない。
値踏みされている。
そう、分かった。
「名前は」
「……れい……」
「姓は」
答えられなかった。
考えたことが、
なかった。
処刑台で、
呼ばれたのは――。
思い出して、
胸が痛む。
「……ない……」
男は、
ふっと鼻を鳴らした。
「そうか」
それ以上、
聞いてこない。
「俺は、グラドだ」
短く名乗る。
それだけ。
「ここは、
魔の森だ」
レイは、
黙ってうなずいた。
分かっている。
嫌というほど。
「人間のガキが、
ひとりで来る場所じゃない」
「……いく……ところ……
なかった……」
正直な言葉だった。
グラドは、
焚き火に小枝を放り込む。
火が、
ぱちりと弾ける。
「追われていたな」
レイの肩が、
びくりと動いた。
「……ひと……」
「気配が残ってる」
赤い目が、
森の奥を見る。
「だが、
今は大丈夫だ」
なぜ、
そう言い切れるのか。
理由は、分からない。
でも、
その言葉は、胸に落ちた。
「助けた理由は、
三つある」
グラドが、
静かに言う。
「一つ。
お前がまだ生きていた」
「二つ。
殺されるには、早すぎる」
レイは、
息を飲む。
「三つ」
一拍。
「面白い匂いがした」
背中が、
ぞわりとした。
「……におい……?」
「聖と、暗」
さらりと口にされる。
「混ざりすぎている」
レイは、
何も言えなかった。
否定も、
肯定もできない。
グラドは、
立ち上がる。
焚き火の明かりで、
全身が見えた。
大きい。
でも、
筋肉を誇示する体じゃない。
生き残るための体。
「勘違いするな」
赤い目が、
こちらを見る。
「俺は、
お前を守らない」
胸が、
きゅっとなる。
「だが」
一歩、近づく。
「死なせもしない」
レイは、
唇を噛んだ。
「……それ……
どういう……」
「教える」
即答。
「生き方をだ」
焚き火が、
静かに揺れる。
「この森で生きる方法をな」
レイは、
膝の上で、手を握りしめた。
怖い。
でも。
ひとりじゃ、ない。
それだけで、
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
魔の森の夜は、
まだ深い。
だが、
レイの逃亡は――
ここで、
ひとつの形を変え始めていた。




