第63話
空が、少しだけ白くなっていた。
夜が終わる前の色。
レイは、同じ場所に座っていた。
石の縁。
冷たさは、もう分からない。
眠ったのか、分からない。
目を閉じていた時間はあった。
でも、深くは落ちなかった。
背中が痛い。
首も、重い。
通りの向こうで、音がする。
木を引く音。
水を汲む音。
朝だ。
腹が鳴る。
昨日の夜から、何も入っていない。
立ち上がる。
足が、少し遅れる。
一歩、出る。
通りに向かう。
昨日と同じ道。
同じ距離。
でも、目が合わない。
声も、かからない。
通りは、動いている。
人はいる。
仕事も、始まっている。
レイの横を、大人が通る。
肩が触れそうで、触れない。
避けられている、というほどじゃない。
でも、重ならない。
昨日、箱があった場所。
もう、何もない。
石も、ない。
その先に、立つ人。
レイを見る。
一瞬だけ。
すぐ、別を見る。
ルガの店の前まで行く。
扉は、開いている。
中から、音がする。
工具の音。
レイは、立ち止まる。
呼ばれるのを、待つ。
呼ばれない。
扉の内側で、ルガが動く。
こちらは、見ない。
声を出せば、聞こえる距離。
でも、出さない。
昨日の夕方が、残っている。
言われなかったこと。
決められたこと。
レイは、一歩下がる。
扉の前から、離れる。
門の方を見る。
セインがいる。
立っている。
いつもと同じ。
目が合う。
長め。
でも、何も起きない。
呼び止められない。
追われない。
それで、分かる。
ここに、立っていていい理由が、ない。
ミナの家の方を見る。
煙が上がっている。
朝の匂い。
パンの焼ける匂い。
足が、少し動く。
でも、途中で止まる。
一緒には、行けない。
昨日、もう、分かっていた。
通りの中央を歩く。
端ではなく。
誰も、声をかけない。
誰も、止めない。
それが、決まりだった。
通りを抜ける。
外れに出る。
後ろを、見る。
街は、いつも通りだ。
変わったのは、
自分の位置だけ。
朝になってしまった。
それだけのこと。
出発するつもりは、なかった。
準備も、していない。
でも、残る理由も、ない。
レイは、街道の方を見る。
まだ、人は少ない。
風が、少し冷たい。
一歩、踏み出す。
振り返らない。
朝は、もう始まっている。




