第61話
朝は、静かだった。
夜の名残が、まだ通りに残っている。
レイは、目を覚ました。
体は重い。
昨日の夜のせいだと、思う。
でも、考えきらない。
外に出る。
空は明るい。
昼の匂いが、もう混じっている。
いつもの場所へ向かう。
壁際。
影ができるところ。
足が、止まった。
縄が張られている。
低い。
簡単に、またげる。
でも、向こう側に人がいる。
作業をしている大人たち。
顔を知っている人もいる。
レイを見る。
一瞬だけ。
すぐ、別の方を見る。
声は、かからない。
レイは、縄の手前に立つ。
邪魔にならない距離。
でも、近くもない。
箱が動く。
声が飛ぶ。
名前じゃない呼び方。
「そっち、頼む」
「それ、向こうな」
全部、別の人に向けられている。
時間が、少し過ぎる。
レイは、縄を見たまま立つ。
越えていいか、分からない。
ルガが出てくる。
店先。
手を拭きながら。
目が合う。
すぐ、逸れる。
「……今日は、そこまでな」
低い声。
強くない。
レイは、うなずく。
理由は、聞かない。
縄は、そのまま。
誰も、説明しない。
昼が近づく。
匂いが、強くなる。
腹が鳴る。
小さく。
動く人は多い。
でも、間に入れない。
少し離れた場所で、荷が崩れる。
木が鳴る。
短い音。
レイは、体を動かしかけて、止めた。
昨日の夜を、思い出す。
声が飛ぶ。
大人が、集まる。
レイは、立ったまま。
セインが、門のほうにいる。
前より、近い。
視線が、来る。
まっすぐ。
でも、声はない。
測るみたいな目。
午後。
縄は、外されない。
代わりに、作業が終わっていく。
人が減る。
最後に、通りが空く。
レイは、まだ立っている。
でも、仕事はない。
追い出されない。
呼ばれもしない。
立てる。
けれど、立っていい場所じゃない。
夕方。
影が、伸びる。
ルガが、また通る。
何か言いかけて、やめる。
結局、何も言われない。
理由は、出てこない。
代わりに、線だけが残る。
レイは、その手前に立つ。
越えなかった。
越えていいとも、言われなかった。
空が、少し暗くなる。
ここに居続ける理由が、見つからない。
でも、去る理由も、言われない。
ただ、線がある。
それだけで、十分だった。




