第59話
朝は、少し遅かった。
起きた理由は、分からない。
外の音が、先に動いている。
起き上がる。
体は、昨日より軽い。
軽いだけで、楽ではない。
外に出る。
人が多い。
通りが、詰まっている。
立つ場所が、すぐに見つからない。
壁際を見る。
影は、埋まっている。
昨日まで空いていた場所。
そこにも、人がいる。
少し離れたところで、立つ。
通りの真ん中。
落ち着かない。
「レイ」
声。
ミナだ。
走ってくる。
いつもと、同じ速さ。
同じ声。
「今日さ、向こう行くんだ」
指が動く。
通りの先。
荷車。
「パン屋の奥。知ってるでしょ」
うなずく。
場所は、分かる。
「手が足りないって」
軽い言い方。
「一緒に来る?」
答えない。
すぐには。
向こうを見る。
大人。
三人。
箱と、袋。
声が出るか、確かめる。
出ない。
「……レイ?」
ミナが、首を傾げる。
待っている。
一緒に。
その言葉が、残る。
足元を見る。
石。
昨日と、同じ。
行けない理由は、浮かばない。
行ける理由も、ない。
首を、横に振る。
小さく。
「なんで」
すぐ。
責める声じゃない。
口を開く。
閉じる。
「……あとで」
昨日と、同じ言葉。
でも、違う。
「そっか」
少しだけ、間。
それから、笑う。
「じゃ、またね」
走っていく。
振り返らない。
通りが、動く。
声が、遠くなる。
その場に、立つ。
呼ばれない。
昼。
匂いが、回る。
今日は、金がない。
箱を運ぶ声。
名前は、出ない。
午後。
通りの奥。
笑い声。
子どもの声。
見ない。
聞こえている。
夕方。
影が、伸びる。
ミナは、戻らない。
向こうで、何かをしている。
同じ時間。
同じ街。
重ならない。
夜。
寝床。
横になる。
朝の言葉が、残る。
一緒に。
意味は、分かる。
できない。
理由は、まだ言葉にならない。
目を閉じる。
今日は、近くに誰もいない。




