第57話
朝は、静かだった。
鳥の声が、少ない。
起きたのは、音じゃない。
体が、先に動いた。
外に出る。
空は、曇っている。
通りに、人はいる。
でも、昨日より少ない。
壁の影に立つ。
立つ場所は、同じ。
足の置き方も、同じ。
けれど、声は、かからない。
時間が、流れる。
腹が、鳴る。
鳴っても、誰も見ない。
昨日、箱を運んだ場所。
今日は、別の人がいる。
年が、少し上。
動きが、早い。
見ている。
呼ばれない。
理由は、分からない。
昼前。
影が、短くなる。
立っているのが、少しつらい。
ミナは、来ない。
パンの匂いも、しない。
通りの端で、声がする。
ひそひそ。
目が、こちらに向く。
すぐ、外れる。
数を、数える。
人。
箱。
手。
何も、合わない。
「……あれ」
小さな声。
誰のか、分からない。
でも、近い。
背中を、壁につける。
冷たい。
石の感触。
昼を過ぎる。
影が、伸びる。
まだ、声はない。
呼ばれないことに、慣れ始める。
理由を、探さなくなる。
それが、いいのかは分からない。
でも、立っている。
夕方。
人が、散る。
仕事は、終わる。
誰も、来ない。
「今日は、もういい」も、ない。
通りに、何も残らない。
木くずも、ない。
場所を離れる。
一歩。
二歩。
背中が、軽い。
でも、腹は、重い。
寝床に戻る。
体を丸める。
石の冷たさが、残る。
ここに立っていいかは、分からない。
でも、立っていた。
減らされていく。
音も、声も。
それを、まだ「いやだ」とは言えない。
目を閉じる。
眠りは、浅い。
明日も、来る。
たぶん。




