第5話
歩いているのか、
ただ足を前に出しているだけなのか。
もう、よく分からなかった。
森は、暗くなり始めている。
空は見えない。
木の葉が、
光を遮っている。
昼なのか、
夕方なのか。
時間の感覚が、
薄れていく。
腹が、痛い。
鳴る、というより、
締めつけられる感じ。
何も食べていない。
思い出そうとして、
やめた。
処刑台のあと、
何があったか。
考えると、
息が浅くなる。
足が、重い。
一歩、出すたびに、
地面が遠い。
そのとき。
かすかな匂いがした。
土じゃない。
木でもない。
焦げたような、
鉄の匂い。
「……?」
立ち止まる。
鼻を鳴らす。
また、同じ匂い。
遠く。
でも、確かにある。
人。
そう思った瞬間、
背中が冷えた。
助けてほしい。
でも、
近づいていいのか、分からない。
声を出す勇気は、
なかった。
匂いは、
すぐに消えた。
幻だったのかもしれない。
それでも、
胸がざわつく。
歩き続ける。
足が、
とうとう止まった。
もう、動かない。
木の根元に、
腰を下ろす。
背中を、
幹に預ける。
冷たい。
服が、湿っている。
眠りたい。
でも、
目を閉じるのが、怖い。
さっきの獣。
見えない何か。
音。
全部、
頭の中に残っている。
目を閉じると、
処刑台が浮かぶ。
剣。
声。
白い光。
――いやだ。
ぎゅっと、
目を閉じて、開く。
深呼吸。
うまく、できない。
背中が、
また少し熱を持つ。
暴れるほどじゃない。
でも、
落ち着かない。
このまま寝たら、
また出る気がした。
だから、
起きている。
眠れないまま、
夜になる。
森の音が、変わる。
昼より、
ずっと多い。
遠くで、鳴き声。
近くで、
葉の擦れる音。
全部が、
自分に向いている気がする。
ひとりだ。
ここには、
誰もいない。
それが、
はっきり分かった。
ふと、思う。
――ここで死んだら、
誰も知らない。
名前も、
呼ばれない。
小さく、
喉が鳴る。
「……いや……」
声が、かすれた。
死にたくない。
理由は、ない。
ただ、
いやだ。
その気持ちだけが、
はっきりしている。
そのとき。
遠くで、
枝が折れる音がした。
一回。
二回。
規則的。
獣じゃない。
歩く音。
人の、足音。
心臓が、跳ねる。
体が、固まる。
逃げる元気は、
もう残っていない。
それでも、
背中を木に押しつける。
影が、
ゆっくり近づく。
暗くて、
形は見えない。
でも。
この気配は――。
さっきの獣とは、違う。
重い。
静か。
殺気が、薄い。
影が、
少し止まった。
声が、
落ちてくる。
「……生きてるか」
低い声。
ぶっきらぼう。
でも。
獣の声じゃない。
人だ。
レイは、
喉を鳴らし、ようやく口を開いた。
「……たぶん……」
声は、
小さかった。
でも、
確かに届いた。
影が、近づく。
月明かりに、
赤い目が光った。
そこで、
意識が、ふっと遠のいた。
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