第47話
朝、起きたとき、腕が重かった。
持ち上げようとして、途中でやめる。
痛い、とは違う。
動くけど、遅れる。
外に出ると、もう音がしていた。
木を叩く音。
水を汲む音。
人の声。
先に、気づかれた。
手を振られる。
「きのう、すごかったね」
すごい。
その言葉が、少しだけ引っかかる。
「……そう?」
「うん。いっぱい運んでた」
うなずく。
それ以上は、言わない。
きのうのことは、体の中に残っている。
でも、話す形にならない。
今日も、手伝いがあった。
昨日ほど重くはない。
でも、数は多い。
要領がいい。
軽いものを、まとめて運ぶ。
遠回りをしない。
「こっちのほうが早いよ」
教える、というより、
当たり前みたいな言い方。
言われた通りに動く。
遅れはしない。
途中で、昨日と同じ感覚が、少しだけ来た。
触れば、終わる。
踏めば、進む。
でも、今日は必要なかった。
だから、考えずに済んだ。
昼前、少し時間が空いた。
荷の影で、座る。
隣に、来る。
足を、ぶらぶらさせている。
「ねえ」
「なんで、昨日やらなかったの?」
すぐには、分からなかった。
何を、のことか。
「……なにを?」
「丸太」
短い答え。
「押せばよかったじゃん。
ああいうの、力いるけどさ」
責める調子じゃない。
不思議そうな顔。
口を開けて、閉じる。
言葉を探す。
でも、形にならない。
いやだ。
変だ。
「……できなかった」
出た言葉は、それだった。
首を、かしげる。
「できてたじゃん」
「いっぱい運んでたし」
違う。
でも、その違いを言えない。
指先を見る。
小さな傷。
昨日のやつ。
「……ちがう」
それしか、出てこなかった。
「なにが?」
答えない。
答えられない。
沈黙が、少し続く。
「変なの」
そう言って、笑う。
悪い意味じゃない。
「できるなら、やればいいのに」
その言葉は、軽かった。
でも、中で重く残る。
午後、また作業が始まる。
迷わない。
やれることを、やる。
少し、遅れる。
一拍、考える。
それだけで、ずれる。
誰も怒らない。
でも、並ばない。
前に行く。
後ろになる。
距離が、できる。
夕方、作業が終わる。
空が、少し赤い。
「またね」
手を、振られる。
いつもと同じ。
こちらも、手を上げる。
少し、遅れて。
帰り道、足音が、一つだけ。
昨日より、軽い。
でも、胸の奥は、変だ。
できるのに。
やらない。
それを、説明できない。
説明できないまま、
人の中にいる。
それが、少しだけ、いやだった。




