第44話
朝は、少しだけ早かった。
空が白くなる前に、目が覚める。
眠った気は、あまりしない。
それでも、起きてしまった。
体を起こして、周りを見る。
人の音がする。
鍋のふたが当たる音。
木を踏む足音。
遠くで、馬が鳴く。
腹のあたりが、静かじゃない。
音は出ない。
でも、そこにある。
立ち上がって、いつもの場所へ向かう。
道の端。
人の邪魔にならないところ。
ルガは、もういた。
何かを直している。
こちらを見ると、あごで示した。
「それ、向こう」
木くずの入った袋だった。
軽くはない。
昨日よりは、ましだ。
持ち上げると、腕に重さが乗る。
一歩。
二歩。
途中で、袋の口が揺れた。
からから。
木と木が当たる音。
それを聞きながら、歩く。
捨て場は、少し先。
袋を下ろすと、肩が軽くなる。
「次」
今度は、掃除。
土をならし、
落ちているものを拾う。
釘。
割れた木。
使えそうで、使えないもの。
手に取って、戻す。
それの繰り返し。
昼が近づいて、
作業が止まる。
「もういい」
手を止める。
何も言わず、立っている。
ルガが近づいて、手を出した。
手のひらに、
丸いものが落ちる。
ちゃり。
小さな音。
でも、はっきりした音。
銅貨だった。
一枚。
もう一枚。
すぐには、握らない。
音が消えるのを、
少し待つ。
重さが、手に残る。
軽い。
でも、ないわけじゃない。
「対価だ」
それだけ。
うなずく。
数えない。
数え方も、まだ分からない。
歩きながら、手を握る。
ちゃり、と鳴る。
もう一度、聞きたくて、
少し揺らす。
同じ音が返る。
店の前で、匂いがした。
焼いたもの。
油。
足が、止まりそうになる。
止めない。
パンを並べている子がいた。
小さな籠を抱えて、
手早く動いている。
「あ、きた」
こちらを見ると、手を振る。
「それ、もらった?」
何を、とは言わない。
手を、少しだけ開く。
目が丸くなる。
「おー。鳴るやつだ」
また、握る。
音が消える。
「それで、これ買えるよ」
小さなパンを指さす。
固そうなやつ。
銅貨を見る。
それから、パンを見る。
店の人が、こちらを見ている。
何も言わない。
手を出す。
銅貨を、置く。
ちゃり。
さっきより、
少し大きく聞こえた。
パンを受け取る。
温かくはない。
でも、匂いがある。
一口かじる。
固い。
歯が、少し痛む。
噛んで、飲み込む。
腹の奥が、
少し静かになる。
銅貨は、もうない。
手は、軽い。
音も、しない。
「また手伝えば、またもらえるよ」
答えない。
パンを、もう一口。
空を見上げる。
さっきより、少し暗い。
音のするものは、なくなった。
腹の中に、少しだけ残る。
それで、今日は終わりだった。




