第41話
銅貨は、まだ温かかった。
握っていたせいか。
手に入れたばかりだからか。
何度も掌を開きそうになって、やめる。
見ると、軽くなる気がした。
夕方の通りは、匂いが混じる。
焼いた穀物。
油。
薄い肉。
腹が、静かに動く。
騒がない。
「使いどころだな」
歩きながら、声が落ちる。
「……全部、食べたら」
「夜は、どうする」
口を閉じる。
夜、という言葉に、
森の暗さが、少しだけ重なる。
通りの角に、湯気が見える。
小さな店。
鍋が、外から見える。
オルテの店だ。
「いらっしゃい」
声が先に出る。
姿は、鍋の向こう。
「あら、あんたたち」
視線が来る。
服。
靴。
それから、顔。
「今日は、顔が違うね」
銅貨を出す。
指の上に乗せる。
「……これで」
ふぅん、と鼻を鳴らす。
「銅一枚かい」
「スープ一杯。薄いの」
少し、間。
「それと、パンの端っこ。硬いよ」
うなずく。
鍋が鳴る。
木の器に、注がれる。
色は淡い。
具も少ない。
湯気が立つ。
パンは、小さい。
端だ。
「ほら」
器が置かれる。
すぐには口をつけない。
息を吹く。
一口。
腹の奥が、少しだけ緩む。
「……食べるね」
黙って食べる。
パンを浸す。
噛む。
「全部、使っちまったのかい」
「……うん」
「そりゃそうだ」
鍋をかき混ぜる音。
器を空にする。
底が見える。
「明日は?」
「……わからない」
「そうだろうねぇ」
「腹が空いてる顔と、
金がない顔は、違うんだよ」
黙って聞く。
「今日は、金を持ってきた」
「それは、覚えときな」
器を返す。
空だ。
「また来な」
店を出る。
夕方が、夜に変わり始めている。
手を握る。
もう、銅貨はない。
腹の中に、残っている。
「全部、食ったな」
「……うん」
「悪くない」
空になった掌を見る。
重さは、ない。
使った感覚だけが、残る。




