第40話
夕方になると、街の音が変わる。
高かった声が落ち、足音が重くなる。
立ち止まる人と、まだ歩いている人が混ざる。
影の向きが、少しだけ動いていた。
同じ場所に、まだいる。
腹は静かだ。
慣れたわけじゃない。
騒ぐ力が、残っていないだけ。
通りの向こうで、荷車が止まる。
男が一人。
若くはない。
片輪が、少し歪んでいる。
「……くそ」
小さく吐き捨てる声。
周りを見る。
急いでいる目だ。
「誰か、手ぇ空いてないか」
声を上げる。
応じる人はいない。
夕方は、もう自分の時間に入っている。
視線が来る。
一瞬。
外れかけて、戻る。
「……お前」
顔を上げる。
「運ぶだけだ。遠くない」
探るような言い方。
条件は、まだ出ていない。
立ち上がらない。
「……金は」
声が、少し乾く。
男が眉を上げる。
「銅一枚」
少し離れたところを見る。
そこにいる影は、動かない。
頷きも、否定もない。
「……運ぶだけ?」
「そうだ」
「壊れても、知らない」
鼻で笑われる。
「壊れるほどのもんじゃねぇ」
立ち上がる。
近づくと、荷は思ったより重い。
木箱が二つ。
腕に、じんと来る。
「歩けるか」
「……うん」
荷車の横を進む。
通りを外れ、裏道へ。
夕方の裏道は静かだ。
視線は、消えない。
「ガキに頼むとはな」
独り言みたいな声。
「人がいねぇ」
「落とすなよ」
返事はしない。
腕が、きつい。
下ろさない。
子どもとすれ違う。
籠を抱えている。
焼いた匂いが、少しする。
目が合う。
一瞬。
裏道の奥で、止まる。
「ここだ」
扉を叩く。
中から、声。
箱を下ろす。
腕が、痺れる。
「……終わりだ」
懐を探る動き。
銅貨が一枚。
弾くように、渡される。
音がした。
小さい音。
手の中で、確かに鳴る。
握る。
重さがある。
「ありがとな」
区切りみたいな声。
もう、こちらは見ていない。
通りへ戻る。
夕方の風が、少し冷たい。
銅貨は、見ない。
少し離れた場所に、影がある。
「条件つきだな」
「……うん」
銅貨を握り直す。
強く。
落とさないように。




