第37話
日が落ちるのは、思っていたより早かった。
空の色が変わり始めたと思ったら、すぐに街の端が影に沈む。
森の夜よりは、明るいはずなのに。
建物の裏。
木箱のそばに、座る。
店と店のあいだ。
風が抜けにくく、人も少ない。
鍋を片づけながら、ちらりと視線が来る。
「今日は、ここまでだよ」
ぶっきらぼうだが、きつくはない。
「余りも出ないしね。
夜にうろつくと、ろくなことにならないからさ」
そう言って、鍋に布をかける。
うなずく。
礼に使える言葉が、見つからない。
「腹、減ってるだろ」
ため息みたいな声。
木椀が、一つ差し出される。
昼と同じ、薄いスープ。
量は、少しだけ多い。
「これで終わりだよ。
朝までは、ないからね」
「……うん」
短く返す。
温かい。
「寝るなら、その辺にしときな。
店の前はだめだよ。邪魔になる」
追い払う言い方じゃない。
「……ありがと」
少し遅れて、声が出る。
それ以上、何も言われない。
背中が、店の奥へ消えていく。
足音が、遠ざかる。
動かなかった。
木箱に、背中を預け直す。
角が、骨に当たる。
位置をずらす。
今度は、地面が冷たい。
どこも、しっくりこない。
少し離れたところに、気配がある。
街灯の届かない影。
声も、動きも、ない。
夜が、深くなる。
目を閉じると、少しだけ落ちる。
すぐに、引き戻される。
寒さが、増している気がした。
指が、こわばる。
動かすと、遅れて反応する。
服の中に、冷えが溜まっていく。
森では、夜でも地面が生きていた。
完全には、冷えなかった。
腹の奥が、重たい。
減っているのに、鳴らない。
遠くで、金属の音。
笑い声。
酔った足音。
近づくと、息を止める。
通り過ぎると、少し吐く。
それを、繰り返す。
空の色が、わずかに変わる。
まだ、朝とは言えない。
目を開けたまま、その色を見る。
眠れなかった。
気配が、動く。
「行くぞ」
短い声。
立ち上がる。
足が、少しふらつく。
止まらない。
夜は、何もくれなかった。




