第35話
森を抜けたとき、
音が戻ってきた。
風があって、
土を踏むと足音がきちんと返ってくる。
遠くで、何かを引きずる音。
金属が触れる、乾いた響き。
思わず、足が止まった。
背中に、何もない。
振り返る。
木々は立っている。
枝も、根も、こちらへ伸びてこない。
――終わった?
そう思いかけて、やめた。
森は、そこにある。
「歩け」
短い声。
振り返らない。
一歩。
二歩。
足元の感触が変わる。
柔らかさが減り、踏みしめた音が逃げない。
線は曖昧だが、
人が踏んできた跡が続いている。
両脇に草がある。
森ほど高くない。
見通しが、少しだけ利く。
前を行く背中を見る。
歩き方は変わらない。
「……ねえ」
声を出してから、言葉を探す。
「ここ……外?」
「外だ」
即答。
「森じゃない」
「近いけどな」
腹が鳴る。
小さいが、はっきりした音。
口を閉じる。
何も言われない。
しばらく歩く。
太陽は高くない。
空が広い。
前方から声がした。
笑い声だ。
足が、止まりかける。
人だ。
半歩、後ろへ。
「気にするな」
「……気にする」
「そうか」
道の先に人影が見える。
二人。
荷車と、馬。
馬が鼻を鳴らす。
肩が、跳ねた。
男がこちらを見る。
一瞬、目が合う。
それだけ。
視線が外れる。
話しながら、通り過ぎていった。
息を吐く。
「今のが、普通だ」
「話しかけられないのが?」
「通されるのが」
さっきの視線は、森のものと違った。
ただ、見られただけだ。
道の脇に、小さな建物が見えてくる。
石と木でできていて、半分ほど崩れかけている。
その前に、男が立っていた。
動かない。
足が止まる。
「ここまでだ」
顔を上げる。
「一緒に、行かないの?」
少しの間。
「ここから先は、人の決まりが多い」
「……うん」
「俺がいると、面倒が増える」
建物の前の男が、こちらを見る。
「通るか」
低い声。
「通る」
「子どもがいる」
「見えてる」
「名前は」
問いは、連れに向けられていた。
「レイ」
「お前じゃない」
沈黙。
「……グラド」
「そうか」
視線が戻る。
「行け」
それだけだった。
道は、続いている。
肩に、手が置かれる。
一度だけ。
「振り返るな」
「……うん」
手が離れる。
歩き出す。
一歩。
二歩。
背中に、何もない。
森は、背後にある。
そして前には――
人がいる。




