第3話
寒さで、指の先がじんじんする。
朝なのか、
まだ夜なのか、分からない。
空は見えないまま、
森の色だけが、少し変わっていた。
暗い緑。
息を吐いても、
白くはならない。
でも、冷たい。
腹は、相変わらず減っている。
さっきより、
少し痛い。
歩く。
足を出すたび、音がする。
落ち葉を踏む音。
枝が折れる音。
そのたびに、体がこわばる。
音を、出したくない。
でも、止まったら、
もっと怖い。
少し先で、何かが動いた。
目だけ、そっちを見る。
影。
木の影なのか、
分からない。
しばらく、動かない。
息も、
できるだけ小さくする。
何も、起きない。
また、歩く。
今度は、遠くで音がした。
低い音。
獣の声かもしれない。
喉が、きゅっと縮む。
走りたい。
でも、走ったら、
音が増える。
どっちが、いいのか分からない。
足が、
勝手にゆっくりになる。
ふと、気づく。
さっきから、
鳥の声がしない。
虫の音も、ない。
風の音だけ。
それも、弱い。
森なのに、
静かすぎる。
胸の奥が、
いやな感じになる。
ここは、
普通の森じゃない。
そう思った瞬間、
背中が、またむずむずした。
肩の奥。
皮膚の下。
なにかが、
広がろうとしている。
「……だめ」
声が、勝手に出た。
止めようとすると、
余計に意識してしまう。
ぎゅっと、腕を抱える。
しばらくすると、
また引いていく。
代わりに、
ひどく疲れる。
歩きながら、思う。
ここは、
逃げ込んだ場所だ。
でも、
守ってくれる場所じゃない。
ただ、
処刑場よりは、まだまし。
それだけ。
木と木の間が、
少しだけ開けている場所に出た。
地面が、踏みやすい。
落ち葉が、少ない。
人が、
通ったみたいだ。
心臓が、どくんと鳴る。
人。
その言葉だけで、
胸がざわつく。
でも、同時に、
ほっともする。
誰か、
いるかもしれない。
声を、出そうとして、やめた。
どんな人か、
分からない。
処刑場の人たちも、
人だった。
足跡は、
途中で消えている。
森が、
飲み込んだみたいに。
その先は、
また深い影。
進むか、戻るか。
戻る、という考えは、
すぐ消えた。
戻っても、
何もない。
足が、自然と、
影のほうへ向かう。
そのとき、
はっきり感じた。
見られている。
どこからか、じゃない。
全部から。
木。
地面。
空気。
森そのもの。
立ち止まる。
逃げたい。
でも、
逃げる先が、ない。
小さく、息を吸う。
「……ぼくは……」
続きは、出てこなかった。
名乗る必要なんて、ない。
聞いている相手は、
人じゃない。
それでも、
歩くのをやめなかった。
止まったら、
飲み込まれる気がした。
腹が、また鳴る。
静かな森の中で、
やけに大きい。
自分が、
生きている音。
森の奥で、
何かが、動いた。
はっきりとは、見えない。
でも、確かに。
それでも、
こちらには来ない。
ただ、見ている。
試しているみたいに。
少年は、知らない。
ここが、
魔の森と呼ばれていることを。
ただ、分かるのは、
一つだけ。
ここは、
人の理が、弱い場所だ。
そして。
もう、
外には戻れない。




