第27話
歩き続けているのに、
時間の感覚が曖昧だった。
日が高くなった気もする。
けれど、ずっと同じ明るさのままな気もする。
森は、変わらない。
木の太さも、高さも、葉の色も。
見ているのに、
頭に残らない。
足を動かしながら、
呼吸を数える。
速すぎないか。
乱れていないか。
意識しないと、
すぐに浅くなる。
「……さっきから……」
声を出すと、
思ったより近くで響いた。
森が、音を吸わない。
「……地面、変じゃない?」
グラドは、
少し間を置いてから答えた。
「気づいたか」
足元を見る。
土の色は同じ。
石もある。
踏みしめた感触が、
毎回、わずかに違う。
柔らかいと思った次の一歩は、
固い。
滑りそうで、滑らない。
平らに見えて、足を取られる。
「……わざと、だよね」
「そうだ」
「転ばせるほどじゃない」
「だが、楽にもさせない」
歩幅が、自然と小さくなる。
足元に意識を向けると、
周りが遠くなる。
枝が、視界の端をかすめた。
不意に、
足首に違和感が走る。
踏み出した足が、
思った位置に来ない。
体が、前に傾く。
――転ぶ。
その瞬間、
地面が、少し盛り上がった。
ほんのわずか。
倒れきるのを、遅らせる程度。
膝をつきそうになりながら、
踏みとどまる。
「……いまの」
「見ていたな」
「助けたわけじゃない」
「落としもしなかった」
胸が、早く打つ。
「……じゃあ……なに」
「判断の途中だ」
その言葉が、
重く残る。
「……転んだら……」
「そのときに、分かる」
歩く。
一歩。
また一歩。
枝の位置が、
少しずつ違う。
顔の高さ。
肩の横。
避けると、
別の枝が来る。
歯を、食いしばる。
速くもない。
遅すぎもしない。
足が、
重くなり始める。
引かれるような感触。
それでも、
止まらない。
「……あの」
声が、少し掠れた。
「……これ……まだ……」
グラドが、立ち止まる。
振り返り、
こちらを見る。
「続く、じゃない」
「終わるか、切られるかだ」
「……切られるって……」
「進めなくなる」
それだけ。
「……じゃあ……」
「まだ、見ている段階だ」
息を吸う。
「……じゃあ……」
小さく、
続けようとした声は、途切れた。
グラドは、答えない。
歩き出す。
その背中に、
続く。
一歩。
次の一歩。
森は、
何も言わない。
ただ、
進み方だけを、残している。




