第24話
しばらく、誰も喋らなかった。
森の音だけが、戻ってくる。
葉の擦れる音。
遠くで、鳥が一度だけ鳴いて、すぐに黙る。
レイは、指先を握ったり開いたりしていた。
感覚は、戻ってきている。
完全じゃないけれど、動く。
それが、少し怖かった。
「……水、まだ?」
小さく、前に向けて聞く。
グラドは、立ち止まらない。
「飲めるときは、言う」
それだけだった。
さっきの場所から、少し離れただけなのに、
地面の感じが違う。
柔らかさが、そろっていない。
踏むたびに、沈み方が変わる。
レイは、歩幅を揃えようとして、やめた。
揃えると、見えなくなる気がした。
腹が鳴った。
思ったより、大きい音。
「……」
何か言いかけて、口を閉じる。
代わりに、息を整えた。
浅くならないように。
速くならないように。
グラドが、少しだけ歩く速度を落とした。
わざとかどうかは、分からない。
でも、遅くなった。
森は、変わらない。
さっきの“水”が、嘘みたいに、普通の景色だ。
だから、信用できない。
木の根が、地面に浮いている。
避けやすい。
――避けやすい、気がする。
レイは、一瞬、足が止まりかけた。
止まる、という考えが、浮かんだから。
でも、止まらなかった。
止まる場所を、知らない。
「……さっきの」
前を向いたまま、声を出す。
「あれって……」
少し、間を置いて。
「森が、やったの?」
グラドは、すぐに答えなかった。
「そうだ」
「だが、必ず殺すわけじゃない」
安心していいのか、分からない言い方。
「……じゃあ」
続けようとして、やめた。
答えを聞くのが、怖かった。
足元で、小さく石が転がる。
自分で蹴ったのか、違うのか、分からない。
「森は、選ぶ」
グラドが言う。
「だが、理由は教えない」
「だから、人は間違える」
人。
自分も、そこに入る。
レイは、声を出さずに、うなずいた。
歩く。
一歩。
また一歩。
さっきより、少し遅い。
でも、確かめすぎるほどじゃない。
腹は、減っている。
喉も、乾いている。
それでも、目を逸らさない。
足の裏。
重さ。
前に出した足が、ちゃんとそこにあるか。
森は、何も言わない。
けれど、さっきより近い。
逃げていない。
走ってもいない。
ただ、進んでいる。
それが正しいかは、分からない。
でも――
「……今は」
ほとんど、息みたいな声で。
「これで、いい……よね」
答えは、返ってこなかった。
グラドも、森も。
ただ、足元が、少しだけ不親切になる。
平らに見えて、油断すると崩れる。
レイは、転ばなかった。
危なかったけれど。
それだけで、胸の奥が、少し重くなる。
喜んでいいのか、分からない。
森は、まだ見ている。
水を追った子どもが、
次は、どう歩くのか。
立ち止まる場所は、まだない。
だから、進むしかなかった。




