第21話
朝になっても、森は軽くならなかった。
夜の名残が、葉の裏や土の奥に貼りついたまま、動こうとしない。
歩きながら、何度も後ろを気にする。
音はない。気配も、はっきりしない。
それでも、背中に視線が残っている。
前を行く背中が言った。
「考えるな」
振り向かない。足も止めない。
「考えると、足が遅くなる」
「……でも」
言いかけて、やめる。
言葉にすると、余計に絡まりそうだった。
三日。
それまでに、森を抜ける。
足元は湿っている。
露が残り、靴裏がぬるりと滑る。体勢を崩しかけ、腕を振った。
袖口がめくれる。
細い腕。いくつかの傷。
歩きながら、袖を戻す。
誰かに見られたくなかった。理由は、考えない。
頭の奥に、光がよぎる。
処刑場。縄。ざわめく声。
胸の奥が、少しだけ重くなった。
「止まれ」
急に足が止まる。
手が上がり、同じように立ち止まる。息を殺す。
前方。
木の間に、わずかな歪み。人でも獣でもない。森の動きだ。
「……道が、変わっている」
低い声。
「嫌われてる?」
言葉が、先に出た。
「違う」
間を置かない。
足元の根が盛り上がり、右へ流れるように曲がっている。
そちらへ、進む。
「……逃げるの、やめたら」
気づくと、口にしていた。
背中は止まらない。
「やめない」
「でも」
「逃げるのをやめる、というのはな」
一拍置いて、
「捕まる、という意味だ」
返す言葉が、見つからない。
歩調だけが続く。
「じゃあ……」
声が、小さくなる。
「ずっと?」
「ずっと、ではない」
ようやく振り返る。
少しだけ、視線が合う。
「理由が、変わる」
「守るためだ」
それ以上は、言わない。
風が枝を揺らし、森が音を立てる。
拒むでもなく、開くでもない。
ただ、見ている。
前を見る。
背中を追う。
足は、止まらない。
森の中を、進んでいく。
まだ、逃げている。
それでも、同じ歩き方ではなかった。




