第1話
初投稿です。
処刑台から始まるファンタジーを書いてみました。
ゆっくりですが確実に成長していく物語になります。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
冷たい。
最初に感じたのは、それだった。
背中に、じわっと広がる感触。
濡れている。
服の中まで、水が染みてくる。
――川。
そう思った瞬間、口の中に水が入った。
「……っ」
むせる。
喉が、ひりっと痛む。
体を起こそうとして、うまくいかない。
腕に、力が入らない。
岸に、倒れているらしい。
頬の下に、小石が当たっている。
硬い。
目を、開けた。
空は、見えなかった。
代わりに、枝と葉が、重なっている。
揺れている。
風か、川の流れか。
どちらでもいい。
ただ、動いている。
生きている、と分かった。
胸が、上下している。
勝手に、息をしている。
――落ちた。
処刑台から。
そこまでは、思い出せた。
剣。
光。
声。
頭の奥が、じんとする。
考えようとすると、痛い。
やめた。
代わりに、指を動かす。
砂と、水と、草。
ちゃんと、触れる。
足も、ある。
指も、五本ずつ。
少し安心して、少し変だと思った。
だって、助かるはずがない。
高かった。
落ちたら、死ぬ。
それなのに――。
川の音が、近い。
ごうごうじゃない。
流れている、という感じ。
起き上がろうとして、今度は体が言うことを聞いた。
ゆっくり。
とても、遅い。
服は、重い。
水を吸っている。
処刑台で着せられていた服だ。
薄くて、安っぽい。
寒くなってきた。
歯が、かちっと鳴る。
そのとき。
――ぞわっとした。
背中の奥。
肩甲骨のあたり。
かゆい、でもない。
痛い、でもない。
何かが、そこにある感じ。
振り返ろうとして、止まる。
怖い。
理由は、ない。
ただ、いやだと思った。
しばらく、そのままでいると、
違和感は、少しだけ引いた。
完全には、消えない。
森の音が、聞こえる。
水。
葉。
遠くで、鳥。
人の声は、ない。
――ここは、どこだ。
分からない。
でも、王都じゃない。
あんなに人がいた場所と、音が違う。
立ち上がる。
足が、ふらつく。
一歩、二歩。
川の縁は、ぬかるんでいる。
靴は、ない。
裸足のまま、石を踏んで、顔をしかめた。
痛い。
それも、生きている感じがした。
少し上流を見ると、森が続いている。
下流も、同じ。
どこへ行けばいいか、分からない。
戻る、という選択肢だけは、なかった。
処刑台の方角なんて、考えたくない。
喉が、乾いた。
川の水を、手ですくって飲む。
冷たい。
味は、よく分からない。
飲み終えたあと、急に不安になる。
毒じゃないか、とか。
でも、もう飲んだ。
体は、何も言わない。
大丈夫、らしい。
息を吐く。
その拍子に、胸の奥が、また少し熱くなる。
0話のときの熱と、同じだ。
でも、弱い。
まだ、残っている。
「……」
声を出してみる。
ちゃんと、出た。
誰も、答えない。
少年は、森の中にいた。
処刑されるはずだった七歳の体で、
理由も分からないまま、生きてしまった。
これから、どうするかは、分からない。
ただ。
ここに立っている限り、まだ終わっていない。
そう思って、少年は、森の奥へ歩き出した。
――戻らない方へ。




