第14話
朝の森は、夜より息が詰まる。
明るいのに、先が見えない。
光は落ちている。
道は、残らない。
足が止まる。
音はしない。
影も、動かない。
前に出すと、何かが欠ける感じがする。
後ろで、気配がある。
何も言わない。
森は、昨日と同じ形をしている。
木。
地面。
柔らかさ。
しゃがむ。
土に触れる。
湿っている。
冷たい。
指を離す。
「止まったな」
低い声。
「……ちょっと」
それだけ。
横を通り過ぎる足音。
前に立つ。
杖が、地面を叩く。
「何かを見たか」
首を振る。
「聞いたか」
もう一度。
「そうか」
それ以上、何も言わない。
一歩、前に出る。
その足が、止まる。
進まない。
「……行かないの」
「行かせないだけだ」
「……?」
「今のままならな」
立ち上がる。
胸が、少し苦しい。
「行けるよ」
根拠はない。
振り返らない。
「行ける、というのはな」
杖が、地面をなぞる。
「戻れる場所がある時だけだ」
風が吹く。
冷たい。
足元が、少し揺れる。
「……じゃあ」
声が、かすれる。
「ここで、待つ?」
「待たない」
即答。
「選ぶ」
短い。
ようやく、こちらを見る。
視線は、森の奥。
「進むか。戻るか」
「立ち止まるのは、
そのどちらでもない」
靴を見る。
泥がついている。
一歩、横にずれる。
道から外れる。
「……そっちは、道じゃない」
「知ってる」
声は、出た。
「でも……前より、まし」
風が止む。
音が消える。
「理由は」
「分からない」
「……」
「行ったら、
軽くなりそうだった」
杖が、地面から離れる。
「それを、覚えておけ」
「……怒らないの」
「怒るほど、分かっていない」
「今日は、ここまでだ」
「え」
「教えすぎる日がある」
背中が、遠ざかる。
足跡が、横に残る。
森は、何も言わない。




