第12話
歩き始めてから、しばらく時間が経っていた。
どれくらいかは、分からない。
森の中では、時間がぼやける。
日が高いのか、低いのか。
それすら、はっきりしない。
何度目か分からない深呼吸をする。
胸の奥が、少しずつ重くなる。
「……ここ、さ」
声に出してから、気づく。
音が、遠くへ行かない。
「なんだ」
すぐ後ろにいる。
「さっきから、同じ気がする」
同じ木。
同じ形の岩。
同じ角度の枝。
目で見れば、違う。
でも、身体の感覚が離れない。
足音が止まる。
「気づいたか」
それだけ言う。
「……え」
「今は、進ませていない」
周囲を見る。
「拒んでいるわけじゃない。
だが、急ぐのを嫌がっている」
「森が……?」
「お前が、だ」
言葉が詰まる。
急いだつもりは、なかった。
ただ、早く抜けたいと思っていた。
「どうすればいいの」
「止まれ」
短い。
足を止める。
じん、とした感覚が残る。
「……これで?」
「まだだ」
杖が、地面を軽く叩く。
「自分の足を、見ろ」
視線を落とす。
泥が乾き、ひび割れている。
つま先が、少しだけ擦り切れていた。
「歩き方が、変わってる」
「……?」
「逃げる足だ」
胸の奥が、締まる。
「逃げてるつもりは……」
「つもりは関係ない」
風が吹く。
葉が、ざわりと鳴る。
息を吸う。
吐く。
足の裏に、意識を向ける。
冷たい土。
小さな石。
一歩。
ゆっくり。
もう一歩。
枝が踏まれ、音が返ってくる。
「……戻った」
「最初から、なかったわけじゃない」
歩き出す背中。
「聞かなかっただけだ」
後を追う。
森は、また静かになる。
視線の気配は残ったまま。
止められてはいない。
拳を握っていたことに気づき、ほどく。
早く行かなくていい。
正しくなくてもいい。
足を置く。
その分だけ、先が続く。
何も言わない森の中で、
また、歩き出した。




