第138話
決定は、突然止まったわけではなかった。
少しずつ、遅くなっていった。
会議の開始時刻は守られている。
議題も、資料も、揃っている。
だが、結論だけが出ない。
「もう一度確認を」
その言葉が、何度も繰り返される。
確認の内容は、毎回ほとんど変わらない。
数値の再確認。
条件の再照合。
前例の検索。
どれもすでに、
一度は終えている作業だった。
天界では、決裁の線が増えていた。
以前なら、一人の判断で済んでいた案件が、
今は、複数の段階を経由する。
それでも、
誰も最終の印を押したがらない。
押してしまえば、
その判断が「基準」になる。
基準になるということは、
次に起きる事例すべてに、
影を落とすということだった。
地上でも、似た空気が広がっている。
現場の判断が、一拍遅れる。
動いていいのか。
待つべきか。
確認を取るべきか。
その一瞬の迷いが、積み重なっていく。
誰もが慎重だ。
誰もが正しい。
だが、
慎重さが重なった結果、
何も進まなくなっていた。
「決めないほうが安全だ」
そう口にした者がいた。
否定はされなかった。
むしろ、静かな同意が広がる。
決めなければ、間違えない。
判断を先送りすれば、責任も先に送れる。
その理屈は、
どこにも綻びがないように見えた。
ただ一つ、
現実を除いて。
判断が遅れるほど、
小さな歪みが、
目に見える形で残っていく。
現場では、説明が増える。
「念のため」
「確認中」
「現在精査中」
その言葉が、行動の代わりに使われる。
レイの周囲でも、同じだった。
声はかけられない。
判断も求められない。
彼は、
問題から遠ざけられているはずだった。
だが同時に、
問題の近くに、
置かれ続けてもいた。
触れなければ安全。
決めさせなければ無難。
その扱いが、
彼を特別な存在として、
固定していく。
誰も、
そうしようと決めたわけではない。
ただ、そうなっていった。
天界の記録には、
新しい項目が追加される。
――判断保留中。
――結論未定。
――継続監視。
それらは、暫定措置として書かれている。
だが、
暫定である期間を、誰も定めていない。
疲れは、音を立てない。
それは、
決断の前に置かれる一拍として現れる。
迷いではない。
恐怖でもない。
ただ、
これ以上判断を増やしたくない、
という感覚。
その感覚が、
天界にも、地上にも、
静かに広がっていく。
決めないことで、
何かが保たれているように、
感じる者が増えていく。
だが、
保たれているのは、秩序ではない。
使われないままの判断が、
積み重なっているだけだった。
誰も、
それを問題だとは言わない。
言えば、
今度は決めなければならなくなるからだ。




