第135話
最初は、申し合わせだった。
「念のため彼には確認を取らないで進めよう」
「直接触れる場面は、避けたほうがいいかもしれない」
誰も命令とは言わなかった。
紙に書かれた指示もない。
そうしたほうが無難だという空気だけが共有された。
理由は、はっきりしない。
定義が修正されたこと。
天界からの通達が曖昧だったこと。
過去の事故が頭をよぎったこと。
どれも決定打ではない。
だが、すべてが少しずつ効いていた。
「彼を刺激しないように」
「判断を委ねないように」
「余計な選択肢を渡さないように」
言葉は柔らかい。
配慮の形をしている。
その結果、
レイは会議の輪から外された。
席は用意されている。
呼ばれもする。
だが、話題が向けられない。
「ここは、こちらで決めておくから」
「君は聞くだけでいい」
そう言われるたび、
場は静かに閉じていった。
触れない。
聞かない。
求めない。
誰も「排除」とは思っていない。
むしろ守っているつもりだった。
レイの存在が
判断を歪めるかもしれないから。
あるいは
判断の責任を重くするから。
作業は以前より慎重になった。
確認が増え、承認が遅れる。
決断の直前で誰かが立ち止まる。
「……彼がいると、後で問題になるか?」
名前は出ない。
だが、皆が同じ方向を見ている。
結果、
判断は回避される。
先送りされ
誰かが決めるはずだった場面は
曖昧なまま流れていく。
レイは、それを止めない。
止める理由も
止める立場も
与えられていなかった。
声をかけられない以上
答えも生まれない。
彼は、そこにいる。
だが、場にはいない。
触れないという選択は
いつの間にか命令になっていた。
誰が出した命令でもない。
だが、誰も逆らわない。
そして、その日常は
少しずつ世界の動きを遅らせていく。
守るための距離が
いつの間にか隔たりに変わっていることに
気づこうとする者は
もう、ほとんどいなかった。




