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禁忌の子レイ  作者: ぴすまる
第五章:禁忌存在編

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第125話

 ズレは、小さかった。

 天界の定義文書は、ほぼ完成していた。項目は整理され、条件は整えられ、例外処理の枠も設けられている。

 論理としては、破綻していない。文法も正確だった。


 それでも、どこか一箇所だけが、現実と噛み合わなかった。


 最初に指摘されたのは、観測記録だった。

 禁忌存在は、一定条件下で世界に影響を及ぼす――その前提に対し、最新の報告は一致しなかった。


 影響は、確認されていない。

 逸脱も、変質も、異常増幅もない。

 「何も起きていない」という事実だけが、積み上がっている。


 その事実は、想定よりも厄介だった。

 何かが起きれば、対処できる。兆候があれば、予測できる。危険があれば、指定できる。

 だが、何も起きていない。


 定義は、本来、起きることを基準に組み立てられる。

 結果。影響。因果。変化。

 それらが一切現れない存在は、どの項目にも当てはまらなかった。


 文書は修正された。

 条件が追加され、注釈が増え、「現時点では未確認」という文言が繰り返された。

 それでも、ズレは消えなかった。


 レイは、定義の外にいる。

 意図的に外れているわけではない。拒否したわけでも、隠れたわけでもない。

 ただ、当てはまらない。


 ある者が言った。

 「管理できていないのではないか」


 その言葉は、慎重に修正された。

 「管理が追いついていない」

 さらに言い換えられた。

 「現行管理体系では対応困難」


 だが、最終的に残った言葉は、最も簡潔だった。

 ――管理不能。


 それは、危険指定ではなかった。敵対認定でもない。

 ただ、扱えないという宣告だった。


 管理とは、枠を与えることだ。

 位置を決め、役割を与え、想定外を減らすための仕組み。

 だが、レイには、そのどれもが成立しなかった。


 何をするか、分からないからではない。

 何をしないかも、分からないからだ。


 拒否しない。同意しない。逸脱しない。

 その状態は、管理の前提そのものを揺らしていた。


 管理は、選択を前提にする。

 従うか。逆らうか。受け入れるか。拒むか。


 だが、レイは選ばない。

 その結果、管理する側だけが、選ばされていた。


 隔離すべきか。保護すべきか。放置すべきか。

 どの選択肢も、彼を定義することになる。


 だから、結論は出なかった。

 管理不能、という言葉だけが、静かに共有されていく。


 それは、失敗の宣言だった。


 世界は、理解し始めていた。

 問題は、存在ではない。行動でもない。

 定義しようとする行為そのものが、限界に来ている。


 レイは、何も変わっていない。

 それでも、世界の側だけが、確実に追い詰められていった。

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