第124話
誰も、レイに何かを強いたわけではなかった。
命令はない。
拘束も、罰も、条件提示もない。
ただ、説明だけが増えていった。
天界から届く文書は、柔らかい言葉を選んでいた。
安全のため。
配慮の結果。
不測の事態を避けるため。
どの文章も、彼を守ろうとしているように見えた。
少なくとも、攻撃の意思は感じられなかった。
だから、レイは否定しなかった。
拒絶もしなかったし、怒りも見せなかった。
ただ、頷かなかった。
理解はできる。
説明も、論理も、破綻していない。
自分が「特別」である可能性についても、
否定する理由はなかった。
それでも、同意はしなかった。
それが、いつからか「問題」として扱われ始めた。
周囲は、慎重になった。
以前よりも距離を測り、声を落とし、
選ぶ言葉を減らした。
誰もが、踏み込まないことを、
善意だと信じていた。
だが、その慎重さは、
結果として、一つの方向を指していた。
――選ばせない、という選択。
レイは、何も問われていない。
意見を求められてもいない。
ただ、進行する決定の中に、
静かに含まれているだけだった。
保護という言葉の裏で、
隔離という可能性が、
丁寧に折り畳まれている。
彼は、それを感じ取っていた。
誰かが悪意を持っているわけではない。
排除しようとしているわけでもない。
むしろ、逆だった。
皆が、「正しい側」に立とうとしている。
だからこそ、
選択肢は最初から、一つしか
用意されていなかった。
――理解して、受け入れること。
その形式が、見えていた。
受け入れれば、守られる。
拒めば、問題になる。
だが、彼は、どちらもしなかった。
肯定もしない。
否定もしない。
逃げもしない。
ただ、そこに立っていた。
その態度は、想定されていなかった。
反発は、想定されていた。
混乱も、恐怖も、暴走さえも、
対策の中に含まれていた。
だが、
同意しないまま、従わないという状態は、
どの文書にも、書かれていなかった。
誰かが言った。
「時間を置こう」
別の誰かが言った。
「彼はまだ、理解していないだけだ」
その言葉が使われた瞬間、
レイは、胸の奥に、小さな違和感を覚えた。
理解していないのではない。
理解した上で、選んでいない。
その違いは、
どこにも、届いていなかった。
――これは、選択の話ではない。
選ばされている。
選ばなければ、
選ばないという態度そのものが、
意味を持たされてしまう。
拒んでいない。
だが、それは、拒否として扱われる。
賛成していない。
だが、それは、危険として整理される。
どこにも同意していないだけなのに、
その「どこにも属さない」状態が、
最も扱いづらいものになっていた。
レイは、静かに息を吸った。
自分は、何もしていない。
それだけは、確かだった。
けれど、世界は、
何もしていない存在を、
そのままにはしておけない。
理解されなくてもいい。
守られなくてもいい。
ただ、
決められたくは、なかった。
その感覚だけが、
残っていた。




