第122話
ミラは、自分が何をしているのか、分からなくなっていた。
行動は、これまでと変わっていない。
命令に従い、記録を読み、報告を受け、必要な場に立ち会う。
判断を求められれば、答える。
ただ、その一つひとつが、以前とは違う重さを持ち始めていた。
禁忌存在。
その言葉が共有されてから、地上の空気は、少しだけ変わった。
明確な指示は、出ていない。
近づくな、という命令もない。
隔離せよ、という通達もない。
それでも、人は距離を取る。
善意だった。
危険を避けるためではない。
レイを守るため、という意識が、先にあった。
不用意に触れない。
余計な言葉を、かけない。
判断を、迫らない。
そのすべてが、配慮として、積み重なっていく。
ミラ自身も、そうしていた。
彼の前に立つとき、言葉を選ぶ。
以前なら、自然に出ていた確認を、省く。
迷わせてはいけない、という理由で。
だが、あるとき、引っかかる。
それは、本当に、守っている行為だったのか。
守る、という言葉には、前提がある。
守る側と、守られる側。
危険と、安全。
ミラは、気づかないうちに、その構図の中に立っていた。
レイを、判断の外に置いたつもりだった。
だが実際には、
判断される位置に、留めていた。
「何もしない」という選択が、
彼を、「何も起こさせない存在」にしている。
そう思った瞬間、足元が揺らぐ。
介入すれば、決まってしまう。
距離を詰めれば、意味が生まれる。
何も言わなければ、置き去りになる。
どれを選んでも、
守っているとは、言えなかった。
ミラは、レイの隣に、立てなくなっていた。
見守る、という言葉も、使えない。
それは、上からの視線だ。
対等であろうとすれば、
判断を、共有しなければならない。
だが、その判断自体が、
避けられている。
禁じられているわけではない。
ただ、触れられないだけだ。
それが、いちばん、厄介だった。
会議の席で、
ミラは、何度か口を開きかけて、閉じた。
意見は、あった。
だが、それを言葉にした瞬間、
話は必ず、「レイをどうするか」に、触れてしまう。
それが、もう、できない。
守るという判断は、
決める側に立つ、ということだった。
そして今、
その位置そのものが、
どこにも、見当たらなくなっている。
レイは、何も言わない。
変わらず、そこにいる。
だが、以前よりも、遠い。
触れられない距離ではない。
意味を、渡せない距離。
剣を持っても。
言葉を選んでも。
願っても。
そのどれもが、
彼を、決めてしまう。
ミラは、その場に、立ち尽くす。
守れなくなった位置で。




