第121話
天界の会議は、いつもより静かだった。
声が小さいわけではない。
言葉が、慎重すぎるのだ。
円形の議場。
その中央には、何も置かれていない。
名を持つ像も、象徴もない。
ただ、白い床だけが広がっている。
議題は共有されていた。
すでに何度も扱われた内容だ。
分類不能。
裁定保留。
管理不能。
それでも今日は、進めなければならない、という空気だけが先にあった。
「呼称が必要です」
誰かが言った。
主張ではない。確認に近い。
「記録上、対象を指す語が揺れすぎている」
「文書によって、呼び方が違う」
「その都度、説明が要る」
事務的な問題として提示された。
だからこそ、誰もすぐには否定しなかった。
少年。
対象。
例外。
それらは、すでに使われている。
だが、どれも長くは持たなかった。
「名前ではないものがいい」
別の声が重なる。
名は、定義を伴う。
定義は、判断を呼ぶ。
「危険指定ではなく」
「排除でもなく」
「かといって、保護対象とも言えない」
言葉が、少しずつ重なっていく。
互いに、触れないように。
ぶつからないように。
沈黙が落ちる。
誰も、中央を見ない。
禁忌、という語が出たのは、そのあとだった。
最初は、提案ではなかった。
誰かが、過去の文献を引いた。
分類不能な存在を、あえて定義せずに残した例。
「禁じられた、という意味ではありません」
すぐに、補足が入る。
「触れない、という意味でもない」
「ただ――」
言葉が止まる。
禁忌。
それは、扱い方を決めないための語、らしかった。
危険だから遠ざける。
守るべきだから囲う。
そういった判断を、先送りにするための名前。
「定義不能のまま、残す」
「判断を、留保する」
「記録上の便宜として」
合理的な説明が続く。
誰も、感情の話をしない。
だからこそ、その語は通った。
決議は、簡単だった。
反対は出なかった。
賛成というより、保留の延長だった。
記録官が、筆を走らせる。
文書に、新しい項目が加わる。
――禁忌存在。
その瞬間、何かが確定したわけではない。
世界が、変わったわけでもない。
ただ、呼び名が置かれただけだ。
一方、地上では、誰もその言葉を知らなかった。
レイは、いつも通りそこにいた。
特別なことは、起きていない。
人の動きが、少しだけ変わった。
視線が、少しだけ遅れる。
声が、届く前に止まる。
触れられない距離が、保たれている。
理由は、説明されない。
説明する側も、持っていない。
レイは、何かをしたわけではなかった。
何かを、選んだわけでもない。
それでも、世界のどこかで、
自分を指す語が、一つ増えた。
名ではない。
評価でもない。
ただ、置かれた言葉。
禁忌。
レイは、それを知らないまま、歩いている。
まだ、自分がどこに置かれたのかも、分からない。
ただ、選ばれていない、という感覚だけが、
足元に、薄く残っていた。




