第117話
地上界では、風が吹いていた。
特別な嵐ではない。
いつもと同じ季節の風だ。
それでも、人々の動きはどこか慎重だった。
足音が、わずかに遅い。
広場の端に、柵が設けられている。
新しいものではない。
だが、以前より内側に寄せられていた。
「ここから先は、立ち入りを控えてください」
穏やかな声だった。
命令ではない。
お願いに近い。
それが、余計に拒みにくい。
ミラは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
守備隊の配置。
視線の向き。
人の流れを自然に誘導する仕草。
どれも、正しい。
危険を想定し、
混乱を避け、
余計な接触を防ぐ。
彼女自身が、決めたことだった。
「――守るだけだ」
そう言ったのは、昨日の自分だ。
誰かを排除するわけじゃない。
閉じ込めるわけでもない。
ただ距離を取る。
それだけの話だった。
だが、距離は思っていたより
多くのものを含んでいた。
柵の内側に立つ人間と、
外側に立つ人間。
近づいていい者と、
遠慮すべき者。
誰も声に出していないのに、
線は、はっきりと引かれていた。
ミラは視線を下げる。
柵の向こうに、レイがいた。
立っているだけだ。
何もしていない。
誰かを見ているわけでもなく、
何かを待っている様子もない。
ただ、そこにいる。
それでも、周囲の空気は張りつめている。
話し声が、小さくなる。
笑い声が、途中で途切れる。
誰も、彼を避けているつもりはない。
――守っているだけだ。
そのはずだった。
ミラは、自分の手を見た。
武器は持っていない。
指示を出しているわけでもない。
それでも、この場の判断は
彼女の名前で通っている。
「ミラの判断だ」
そう言われたとき、
わずかに胸が軽くなった。
だが、今は違う。
守る、という言葉が
別の意味を帯び始めている。
守るために、決める。
そのあと、
誰も線を跨がなかった。
レイは、こちらを見ていない。
視線が合わないことに、
なぜか安堵してしまう。
声をかければ、
何かを選ばせてしまう気がした。
ミラは、一歩後ろに下がった。
命令でも、合図でもない。
ただの動作だ。
だが、その一歩で
立場が、静かに定まる。
守る側。
決める側。
そして、
決められないままの存在が
そこに残った。
風が、柵を鳴らす。
レイは、何も言わない。
何も拒まない。
それが、
判断を、さらに重くしていた。




