第111話
天界中枢、円環の間。
白は光を反射せず、影だけを深く落としていた。
集められた者たちは、誰も言葉を発しなかった。
議論はすでに尽きている。
結論が出ないまま、時間だけが過ぎていた。
セラフィエルは中央を見つめていた。
そこには玉座がある。
空席のまま、長く使われていない場所。
「――来る」
誰かが、そう呟いた。
空気が変わる。
圧ではない。
重さでもない。
意味が、到着した。
光が集まり、人の形を取る。
翼はなく、装飾もない。
ただ、存在として整いすぎている。
プロヴィデンス=イオ。
最終裁定者。
因果と可能性の管理者。
神と呼ばれる存在。
イオは、ゆっくりと周囲を見渡した。
責める視線でも、慈しむ視線でもない。
記録を見るような目だった。
「――まだ、決められていないのだな」
誰も否定しなかった。
「裁定は?」
声は穏やかで、感情がない。
だが、その問いは重い。
セラフィエルが一歩前に出る。
「定義が不可能です」
短く言った。
「善でも、悪でもない。
危険でも、無害でもない。
秩序に属さず、反してもいない」
「存在している、という事実だけがある」
イオは、わずかに頷いた。
「理解している」
それだけで、把握は終わったようだった。
沈黙が落ちる。
裁くのか。
消すのか。
あるいは、名を与えるのか。
イオは、玉座に腰を下ろさなかった。
立ったまま、言う。
「――裁定は、行わない」
一瞬、空気が揺れた。
「未来に委ねる」
誰かが、息を呑む。
「これは、放棄ではないのですか」
ルクスの声には、珍しく熱が混じっていた。
イオは、すぐには答えなかった。
ほんの一拍、間が空く。
「可能性が未確定なものを、
今の尺度で固定すること自体が、暴力だ」
「我々は、全てを知っているわけではない」
神が、そう言った。
「責任は?」
「誰が、結果を負うのですか」
イオは、少しだけ考える素振りを見せる。
「世界だ」
簡単な答えだった。
「そして、彼自身」
名は出されなかった。
「観測は続ける。
干渉はしない。
分類もしない」
「ただ、存在を許可する」
救いでも、罰でもない。
保留という名の、決断。
「これが、最終裁定だ」
そう言って、イオは光へと還っていった。
後に残ったのは、静寂だけだった。
誰も勝っていない。
誰も救われていない。
セラフィエルは拳を握りしめた。
ほどくことが、できなかった。
胸の奥に、冷たいものだけが残る。
天界は、その場を動かなかった。




