第109話
会議室は、すでに片づけられていた。
机の配置は整い、
椅子の数も過不足なく揃っている。
破損した窓は仮修理され、
床の焦げ跡も、布で覆われていた。
混乱の痕跡は、意図的に隠されている。
「それでは、共有します」
監督官が、淡々と告げた。
声を荒げる者はいない。
異議を唱える者もいなかった。
配布された文書には、三つの項目が並んでいる。
保護。
監視。
非接触。
どれも、穏やかな言葉だった。
「対象は、当面のあいだ隔離措置とする」
「居住環境は確保される」
「生活に必要な支援は継続される」
説明は丁寧で、語調も柔らかい。
それでも、
誰も「本人」とは言わなかった。
「あの子は……」
途中で、誰かが言いかけて、口を閉じる。
名前を出す必要はない。
そういう空気が、すでに出来上がっていた。
「意思確認は?」
形式的な質問が出る。
監督官は、一拍置いて答えた。
「今回は行いません」
理由は添えられなかった。
文書を見れば、察しはつく。
接触は最小限。
感情的刺激は避ける。
不測の事態を防ぐため。
すべて、正しい。
「監視体制は?」
「常時ではない」
「だが、完全に外すこともできない」
その言い回しが、
場にいる全員の立場を守っていた。
守るため。
万一のため。
責任を負わないため。
誰かが、書類の端を指で押さえる。
「これで……決着、という理解で?」
監督官は、首を縦にも横にも振らなかった。
「処理が定まった、というだけです」
終わったわけではない。
だが、続ける理由も示されない。
その曖昧さが、
この場の結論だった。
会議は、静かに終了した。
立ち上がる者たちは、
それぞれに安堵と疲労を抱えている。
誰もが、自分の判断を責めていない。
誰もが、誰かを守ったと思っている。
だからこそ、
当事者の席は、最後まで空いたままだった。
椅子は用意されていた。
座ることも、できたはずだ。
だが、呼ばれなかった。
決着はついた。
書類の上では、確かに。
ただ、
その決着を知らされるべき存在だけが、
そこにいなかった。




