第103話
場は、ひとつではなかった。
天界の広間。
地上の臨時会議室。
魔界の応接区画。
それぞれが、ほぼ同じ時刻に、
同じ案件を扱っている。
だが、
互いの声は、直接には届かない。
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「判断を」
天界では、
短い言葉が、卓上に置かれた。
催促でも、命令でもない。
形式としては、確認。
「現状は、未定義のまま継続している」
「定義がなければ、裁定が組めない」
誰も否定しない。
反論も出ない。
書記官は羽根ペンを置き、
次の行に何も書かず、間を空ける。
「対象は?」
問いは出た。
だが、答えは返らない。
名前は記されず、
紙だけが宙を渡る。
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「保証が欲しい」
地上では、
別の言葉が使われる。
「再発しないという保証」
「被害が拡大しないという保証」
机の端に欠けた湯のみ。
誰のものかは、分からない。
数字はなく、期限も決まらない。
それでも、要求だけは、
文書の形を取った。
「誰が責任を持つのか」
「どこまで補償されるのか」
宛名欄は空白のまま。
書類は回覧され、
誰も何も書かない。
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「対価の話をしよう」
魔界では、
静かな声で条件が出される。
「こちらは、引いた」
「次も、引ける」
事実だけが残る。
机の上の石製の重しが、
わずかに位置を変えられる。
「無償では、続けられない」
要求は具体的だ。
領域。
権限。
裁量。
整いすぎるほど整った交渉。
「決める者が必要だ」
その言葉だけが、
何度も形を変えて繰り返される。
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どの場にも、
同じ空白が残る。
書類の余白。
発言の切れ目。
誰かが口を開きかけて、やめた跡。
「本人の意思は?」
形式的に出た言葉。
だが答えを待たず、次の議題が差し込まれる。
意思を聞くには、時間が足りない。
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天界では、裁定期限が示される。
「これ以上の先送りは不可」
地上では、回答期限が書き込まれる。
「本日中」
魔界では、条件の有効期限が添えられる。
「次の干渉まで」
三つの期限は揃っていない。
だが、同時に迫っている。
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会話は続く。
言葉は整い、
論理も破綻しない。
誰も間違ったことは言わない。
だから、
結論だけが先に求められ、
名は、最後まで書かれなかった。




