第102話
天界では、制限がかけられた。
光の層が一段落とされ、
干渉範囲が狭められる。
数値は規定内だった。
記録も残る。
「これで十分だ」
誰かが言った。
反対の声は、なかった。
実行は、遅れていない。
命令の形式にも、問題はなかった。
ただ、制限がかかった場所と、
現象が続いている場所が、
完全には重なっていなかった。
天界の観測盤には、
沈静化を示す線が引かれる。
線の外側で、レイは立ち止まり、
微かな揺れと、空気の違いを感じていた。
何かが、まだ動いている。
⸻
魔界では、撤退命令が出ていた。
短く、明確な言葉だった。
誤読の余地はない。
「引け」
伝令は、走った。
途中で、進路を変えられることもなかった。
前線の一部は、すでに下がっている。
戻った痕跡も残っている。
だが、すべてが戻ったわけではない。
レイは、前線の動きを視界の端で追いながら、
止まることのない力を感じ取った。
動き始めたものは、途中で止められない。
天界も、魔界も、地上も、
全員が「止めたつもり」だった。
「撤退は完了した」
報告は正しかった。
だが、レイの目には、
まだ動く影が、点として残っていた。
⸻
地上では、避難の声が上がっていた。
鐘が鳴る。
布が振られる。
いつも使われている合図だ。
「こちらへ」
声は、出されていた。
通路も、確保されている。
人は、動いた。
動ける者から、順に。
だが、全員ではない。
聞こえなかった家がある。
理解できなかった者もいる。
靴を探している間に、
声の主は、別の方向へ行ってしまった。
片方だけ履いたまま、外に出た者もいた。
レイは、足元と通路の端を確認しながら、
人々の流れを追った。
手や視線で介入することはなかった。
ただ、止まらない理由を観察していた。
⸻
境目の近くで、
音が一度、途切れた。
続いて、別の音が重なる。
止まったものと、
止まらなかったものが、
同時に存在していた。
誰かが、
「もう大丈夫だ」
と言った。
別の誰かは、
「まだ続いている」
と口にした。
どちらも、嘘ではなかった。
レイは、揺れる空気の中で、
どちらの声も確かめるように見つめていた。
止まらない理由を、自分の体に感じ取りながら。
⸻
天界の記録には、
制限実施の時刻が刻まれている。
魔界の報告には、
撤退完了の印が付く。
地上の掲示板には、
避難終了の札が、途中まで貼られている。
それぞれが、
それぞれの範囲で、
止めたつもりだった。
レイも、そこにいた。
介入はせず、ただ見ていた。
声は、すれ違い、
命令は、行き違い、
結果だけが、残った。
境目は、まだ消えていない。
だが、
消えていないことを、
誰が見ていたのかは、
はっきりしなかった。




