第100話
記録は、静かに始まった。
白い卓の上に、薄い紙が並べられる。
角が揃っていない。
誰も直さなかった。
天界の報告官が、視線を落とす。
「境界歪曲の発生を確認。
規定第七条に基づき、干渉制限を発動。
裁定執行官オルディナ=サフが現地対応を実施」
紙をめくる音だけが、遅れて響く。
次の報告。
「建造物の一部損壊。
居住区三棟に影響。
負傷者数、現在集計中」
数値の欄には、空白が残っている。
誰も、それを指摘しない。
続いて、魔界側。
「迎撃行動により、侵入点を一時的に押し戻す。
敵性行動の拡大は、防止したと判断」
卓の端で、ペンが一本転がった。
止まる。
拾われない。
「……では」
誰かが、息を整える。
「原因は?」
問いは、そのまま記録された。
答えは、続かなかった。
天界は、規定を示す。
地上は、被害の位置を示す。
魔界は、成果の範囲を示す。
紙の上には、すべて書かれている。
だが、行間は埋まらない。
責める言葉は出ない。
名は呼ばれない。
それぞれが、
自分の紙を、自分の前に置いたまま動かさない。
会議は、予定より早く終わった。
結論は、書かれなかった。
空白も、そのまま残された。
最後に閉じられた記録には、
二つのものが並んでいる。
書かれた文。
書かれなかった余白。
被害の現場で、
最初に足を止めたのが誰だったのか。
どの命令が、途中で消えたのか。
その紙は、最初から用意されていなかった。




