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禁忌の子レイ  作者: ぴすまる
第四章:三界衝突編

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第93話

 噂は、最初からあった。

 正体不明の存在が、どこかで保護されている。

 力を隠しているらしい。

 いずれ、何かが起きる。


 誰も断定はしない。

 ただ、口にする。


 魔界は、それを聞いていた。


「面白くないね」


 イグニス=ラ=ヴェルは、指先で宙をなぞる。

 何かを描くでもなく、ただ、なぞる。


「待っても、何も動かない。

 話し合いは、綺麗に終わった」


 少し間を置く。


「だから――少しだけ、足そう」


 彼は、力を振るわない。

 命令もしない。

 契約も、結ばない。


 ただ、“起こり得ること”を、

 “起きたこと”の手前に置く。


 場所は、小さな町だった。

 街道沿いの、ありふれた宿。

 人の出入りも多く、記録には残らない。


 夜更け。

 裏口で、物音がした。


 誰かが扉を開けようとして、

 足を滑らせる。


 転倒。

 打撲。


 それだけだ。


 だが、倒れた先が悪かった。

 積まれていた荷が崩れ、

 木箱が割れ、

 中身が床に散らばる。


 酒瓶。

 破片。

 赤い染み。


「……っ!」


 大事には至らない。

 命もある。

 傷も、いずれ塞がる。


 それでも――


「見たか?」

「今の、変じゃなかったか」

「近くに、あの噂の……」


 言葉が、つながる。

 偶然と噂が、

 ひとつの形を持ち始める。


 翌朝。

 話は、少しだけ形を変えて広がる。


「怪我人が出た」

「力の余波だ」

「管理が甘いからだ」


 誰も、嘘は言っていない。

 ただ、選ばなかった部分があるだけだ。


 天界は、すぐに反応した。


「兆候あり」


 短い報告。

 感情は、含まれない。


 地上も、動かざるを得ない。


「想定内だ」

「だから管理が必要だった」

「判断は、誤っていない」


 言葉が、重なっていく。


 イグニスは、それを遠くから見ていた。


「……ほら」


 声は、小さい。


 彼は、レイを見ない。

 見る必要が、なかった。


 この一手は、

 誰かに選ばせるためのものではない。


 止まっていた流れに、

 わずかな角度をつけただけだ。


 世界は、静かに傾く。


 まだ、戦っていない。

 まだ、裁いてもいない。


 それでも――

 “何かが起きた”という事実だけが、

 その場に残った。


 それは、

 簡単には消えない。

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