第0話
空が、やけに高かった。
見上げたつもりはなかったのに、
視界の上のほうに、白く濁った雲が流れているのが見えた。
首が、勝手に上を向いていたらしい。
冷たい。
足の裏から、じんとした感覚が伝わってくる。
石だ。
裸足のまま、
固い石の上に立たされている。
――処刑台。
その言葉が、頭の中に浮かんだ。
誰かに教えられたわけじゃない。
でも、そうだと分かった。
高い。
下を見ると、人がたくさんいる。
顔は、はっきり見えない。
近いのに、遠い。
ざわざわとした音だけが、
波みたいに押し寄せてくる。
咳。
布が擦れる音。
靴が石を打つ音。
「……」
声を出そうとして、やめた。
喉が、うまく動かない。
今日は、誕生日だった。
七歳。
朝、そう言われた。
おめでとう、と言われた気もする。
誰にだったかは、思い出せない。
代わりに、
台の下に立つ男たちの姿が目に入る。
鎧。
剣。
重そうな服。
ひとりが、こちらを見上げていた。
目が合った気がして、
すぐに視線を逸らされる。
名前を、呼ばれない。
呼ばれないまま、
時間だけが過ぎていく。
足が、少し震えた。
寒いわけじゃない。
でも、止まらない。
「禁忌の子」
どこからか、そんな声が聞こえた。
高い声。
怒っているようでもあり、
怯えているようでもある。
「混血だ」
「天と、地の……」
「存在してはいけない」
言葉の意味は、よく分からない。
ただ、
自分のことを言っているのは分かる。
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
息が、少し苦しい。
剣を持った男が、前に出る。
刃が、光を反射した。
あれで、切られる。
頭の中で、そう思った。
想像した瞬間、
胸の奥がひりっと痛んだ。
いやだ、と思った。
――死にたくない。
言葉にはならなかった。
でも、はっきりそう思った。
そのとき。
――聞こえた。
『……まだ』
声。
耳じゃない。
頭の奥に、
直接落ちてくるみたいな声。
低い。
でも、怖くない。
『目を閉じるな』
次に聞こえた声は、少し違った。
柔らかい。
でも、急いでいる。
『離れるな』
誰だろう、と思う前に、
剣が振り上げられる。
光。
刃が、落ちてくる。
その瞬間。
胸の奥が、熱くなった。
熱いのに、冷たい。
ぐちゃぐちゃで、分からない。
「……っ」
息が、詰まる。
足元の石が、ひび割れた。
音がして、
誰かが叫ぶ。
白い光が、弾けた。
同時に、
黒い影が、台の縁を這う。
何が起きているのか、分からない。
ただ、
体の中から、何かが溢れている。
止めようとしても、止まらない。
『今だ』
さっきの声。
『生きろ』
強く、そう言われた気がした。
次の瞬間、
足元が崩れた。
体が、浮く。
落ちる。
風の音。
誰かの悲鳴。
地面に叩きつけられると思った――
その前に、視界が暗くなった。
意識が、遠のく。
最後に見えたのは、
処刑台の縁から、
こちらを覗き込む無数の顔。
どれも、
名前を呼ばない顔だった。
――それでも。
胸の奥は、まだ、熱かった。
消えていない。
生きたい、という気持ちだけが、
しつこく残っていた。
闇の中で、
遠く、誰かが息を吐く気配がした。
『……間に合った』
それが、誰の声だったのかは、分からない。
ただ。
少年は、まだ、生きていた。




