第2話「不穏な客、正体は――?」
深夜二時を少し過ぎたころ。
自動ドアのベルが鳴り、男が入ってきた。
背広姿だが、ネクタイは乱れ、目は異様に濁っている。吐く息が冷たく、空気が少し沈んだように感じられた。
ただの酔客――そう思おうとした瞬間、俺の背筋が粟立った。
胸ポケットの中にある魔王の角が、かすかに脈打ったのだ。
「……いらっしゃいませ」
言葉はいつもの接客のはずなのに、声がわずかに強張った。
男は真っ直ぐレジへ歩いてきた。
棚の商品には目もくれず、カウンターに両手を置く。
そして低い声で囁いた。
「勇者、だな?」
血の気が引いた。
どうして俺が“勇者”だと知っている。
異世界で戦った魔族の残党……? いや、そんなはずは――
「何かの間違いでは?」
冷静を装って返す。
だが男の目の奥に、紫色の焔がちらついた。
それは間違いなく、魔王軍が使っていた呪術の残滓。
カウンター奥で佐久間さんが缶詰を並べながら振り返る。
「お客様、お買い物は――」
男の指先がぴくりと動き、佐久間さんの足元に影が伸びた。
普通の人間には見えないだろう。だが俺には分かる。影が拘束の術式を刻んでいる。
「下がってください!」
俺は瞬間的に【身体強化】を発動し、佐久間さんの腕を引き寄せた。
次の瞬間、床に黒い鎖が走り、さっきまで彼が立っていた場所を縛りつけた。
「な、何だ今の……!?」
「気のせいです! 裏で休んでいてください!」
俺は視線を男に戻した。
「勇者よ。貴様は魔王を討った。だがその“欠片”はまだ持っているな」
男の視線が、俺の胸ポケットに突き刺さる。
角の破片が、熱を帯びて震える。
――やはり、魔王の影はこの世界にまでついてきていたのか。
「それを差し出せ。そうすれば、この街だけは見逃してやる」
男の口調は静かだったが、背後の冷気は街全体を飲み込むように広がっていく。
俺は深く息を吸い、心を落ち着けた。
勇者だった頃の癖だ。戦う前に、体内の魔力を整える。
だがここは異世界ではない。
剣も盾もない。ただのコンビニのカウンターだ。
――だからこそ、俺はレジ横のトングを手に取った。
「お客様。商品を傷つける行為はご遠慮ください」
平然とした声で言い放ち、同時に【真偽看破】を発動する。
男の目に宿る“虚”が赤黒く光り、正体が映し出された。
――魔王軍の残党、その名を捨てた影法師。
男が口角を歪め、影が床に広がる。
俺は一歩踏み出し、トングを構えた。
「ここは戦場じゃない。……でも守る場所だ」
その時、自動ドアが開き、別の客が入ってきた。
眠そうな学生服の少年――。
影の中に足を踏み入れ、倒れそうになる。
「やめろ!」
俺は影を蹴り飛ばし、少年を抱き寄せた。
床に黒煙が散り、男が舌打ちする。
「今宵は引こう。だが勇者、角を持つ限り、必ず追う」
言葉を残し、影ごと霧のように消えた。
静寂。
佐久間さんが裏から顔を出す。
「……新人、今のは何だったんだ?」
「ただの酔っ払いです。気にしないでください」
俺は笑顔を作った。だが胸ポケットの破片は、まだ熱を放ち続けていた。
――魔王の影は確かに、この世界にも存在する。
勇者としての戦いは、終わっていなかった。
「勇者の戦場は、まだ続くのか……」
レジの蛍光灯が、妙に眩しく見えた。
(※次回:第3話「夜勤仲間と、秘密の共有」へ続く)




