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第14話 巨木の心臓、残響の核

 街を覆った「迷いの森」は、夜空を塞ぐほど巨大になっていた。

 黒い枝葉がビルを呑み込み、アスファルトを突き破り、街灯をねじ曲げる。

 その中心――広場の真下に、鼓動のような震えが響いていた。


「……あれが核か」

 胸ポケットの破片が灼けるように熱を放ち、俺の鼓動と重なった。

 まるで魔王自身が心臓を打ち鳴らしているようだった。


「悠真!」

 美咲がタブレットを操作し、マップを表示する。

「影の波形を解析した! 広場の地下、旧地下鉄のホームに“残響の核”がある!」


「地下鉄……封鎖されてるはずだろ」

 佐久間さんが舌打ちする。

「封鎖なんて関係ねぇ、影は壁も通る。行くしかねぇな」


 俺は札を束ねて握りしめた。

「勇者バイトチーム、突入だ」


 旧地下鉄ホームは真っ暗で、湿った冷気が満ちていた。

 コンクリートの壁には黒い根が這い、列車の残骸を絡め取っている。

 奥へ進むと、やがて巨大な鼓動が視界を揺らした。


 ――それは、黒い巨木の心臓。

 幹を思わせる球体が地下空間を埋め尽くし、脈動に合わせて街全体が震えていた。


「……残響の核」


 その表面に、人の顔が浮かび上がった。

 昨日の偽勇者の仮面、影法師たちの顔、そして魔王自身の歪んだ面影――

 全てが混ざり合い、こちらを見下ろしていた。


「勇者よ。

 “どうぞ”も“ありがとう”も、人の迷いを覆い隠す仮面にすぎぬ。

 我はその下に芽吹き続ける」


 声が響き渡り、地下空間全体が揺れる。


「言葉は仮面じゃない!」

 俺は札を構え、叫んだ。

「“どうぞ”は人を繋ぎ、“ありがとう”は未来を残す。

 お前はその意味を知らない!」


 核が咆哮し、黒い枝が一斉に襲いかかってくる。

 佐久間さんが懐中電灯を振り回し、枝を切り裂く。

「新人! 後ろは任せろ!」


 美咲が声を張り上げた。

「ネットに配信する! みんなに“ありがとう”を叫ばせて、合唱で上書きするの!」


 俺は頷き、札を心臓に向けて叩きつけた。

「――どうぞ、砕けろ!」


 光が広がるが、核の表面に深い亀裂を刻むだけだった。

 破片の鼓動がさらに強くなり、まるで「足りない」と告げている。


「悠真!」

 美咲が叫ぶ。

「ひとりじゃ無理! “どうぞ”は回す言葉でしょ!?」


 俺は札を掲げ、仲間に向かって差し出した。

「――どうぞ!」


「ありがとう!」

 美咲が受け取り、核に札を投げつける。


「どうぞ!」

 佐久間さんも続き、懐中電灯と共に札を叩き込んだ。


 三人の声が重なり、地下に白い光が渦を巻いた。

 核の顔が歪み、耳を裂くような悲鳴を上げる。


「人の声で……我を削るか……!」


 枝が暴れ、天井を砕き、街の地表まで震わせた。

 だが光は確実に核を蝕み、残響の鼓動を鈍らせていく。


 俺は最後の札を握り、全力で魔力を注ぎ込んだ。

 破片が赤黒く光り、灼けるような痛みが腕に走る。


「これで終わらせる――!」


 札を核の亀裂に突き立てた瞬間、光が炸裂した。

 地下鉄ホーム全体が白に包まれ、残響の核が絶叫と共に崩れ落ちていく。


 静寂。

 黒い根は消え、巨大な心臓は跡形もなく砕け散っていた。

 ただ、胸ポケットの破片だけが残り、微かに震えていた。


「……終わったのか?」

 佐久間さんが汗を拭い、息を整える。


 俺は首を横に振った。

「核は砕けた。だがこれは“残響”のひとつに過ぎない。

 本体――魔王そのものは、まだ眠っている」


 地下鉄の暗闇が不気味に口を開け、静かに呼吸しているように見えた。


(※次回:第15話「残響の終焉か、新たな序章か」へ続く)

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