第13話 迷いの森、街を覆う
真夜中の街に、不気味な音が響いた。
バキバキとアスファルトが裂け、電柱や建物の影から黒い芽が一斉に伸び始める。
わずか数分で芽は幹となり、枝を伸ばし、街路全体を包み込む巨大な黒い樹海に変わった。
――街そのものが、迷いの森に飲み込まれていく。
通りのビルの窓から、人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
枝が手のように伸び、迷う心を持つ者に絡みついていく。
捕らえられた者は虚ろな目をして、同じ言葉を繰り返した。
「どうぞ……どうぞ……」
それは本来、俺たちが守ってきた言葉。
だがいまは歪められ、人を絡めとる呪縛の呪文と化していた。
「くそっ……!」
佐久間さんが懐中電灯を振りかざし、枝を叩き落とす。
「これじゃ街が丸ごとダンジョンだ!」
美咲はスマホを操作し、震える声で叫んだ。
「SNSのトレンドが“迷いの森”に塗り替えられてる!
人の不安や疑念が、枝をさらに肥やしてるの!」
「なら逆に、希望を広めればいい」
俺は札を握りしめた。
「“どうぞ”と“ありがとう”で、森を刈り取る!」
俺たちは広場に走り込み、集まった人々に声を張り上げた。
「迷ったら声に出して! “どうぞ”と“ありがとう”を回せ!」
最初は戸惑っていた人々も、次第に札を受け取り、声を重ね始める。
「どうぞ!」
「ありがとう!」
「どうぞ!」
白い声の連鎖が広場に響き、枝が軋む。
黒い森の一部が崩れ、光が差し込んだ。
だが、ビルの屋上から低い声が響いた。
「愚かなり、勇者よ」
影でできた巨木の幹に、人の顔が浮かび上がる。
それはかつて魔王と呼ばれた存在の残響――声そのものが形を持った怪物だった。
「迷いは尽きぬ。
人がある限り、森は無限に広がる」
街全体が震え、枝が一斉に俺たちへ襲いかかる。
「下がれ!」
俺は【身体強化】を全開にし、札を両手に広げた。
「どうぞ……俺に来い!」
枝が俺を狙い、一斉に絡みつく。
痛みが走るが、その瞬間、札が光を放ち、枝を逆に焼き切った。
美咲と佐久間さんが声を合わせる。
「ありがとう!」
「どうぞ!」
人々の合唱が夜空に響き、森全体が揺らぐ。
だが巨木の顔は嗤った。
「声を束ねても、種は残る。
やがて街は――影の森に沈む」
胸ポケットの破片が灼けるように熱くなり、鼓動と重なった。
魔王の“本体”が、いよいよ近づいている。
――迷いの森との戦いは、まだ始まったばかりだ。
(※次回:第14話「巨木の心臓、残響の核」へ続く)